2017年3月26日 (日)

空耳図書館のはるやすみⅢ うららかに終了しました。

♪3月20日の春分の日。「空耳図書館のはるやすみⅢ」を開催しました。
ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。活動の記録はこちらから ご覧いただけます。

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あそぶ人aotenjo (外山晴菜/ダンサー、振付家 橋本知久/音楽家)  
+空耳図書館ディレクター:ササマユウコ       イラスト:Koki Oguma

◎「空耳図書館」に関するお問合せは
芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトまでお願いいたします。

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2017年2月20日 (月)

【おやこのじかん】 空耳図書館のはるやすみ③「はるのはじまり、いのちのたまご」

【定員に達しました。ご応募ありがとうございました♪】

早いもので、ササマユウコがディレクターを務める「空耳図書館のはるやすみ~おやこのじかん」も今年で3回目となりました。今年も3月20日(月・春分の日)に、この空耳図書館から生まれたクリエイティブ・ユニットaotenjo(外山晴菜・橋本知久)のおふたりとともに、絵本の世界を自由に旅します。

Photo 今年の参考図書は、インドの工房で一冊づつ手作りされている『世界のはじまり』です。豊かな想像力で語られるインドの神話を題材に、いのちのふしぎ、つながりをいっしょに感じてみませんか?とっても小さな集まりです。赤ちゃんパパママ大歓迎!

※詳細は下記の専用サイトをご参照ください。専用メールにてお申込み頂けます(無料・先着順)。

♪空耳図書館サイトhttp://soramimiwork.jimdo.com/

主催:お問合せ 芸術教育デザイン室CONNCT/コネクト  

 ※平成28年度子どもゆめ基金助成事業・読書活動

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2017年1月19日 (木)

暮らしの音風景―①

 受験生がいるので気忙しい1月を送っている中、数日前にご近所のおじいさんが93歳で亡くなったのでお線香をあげてきた。本当に木が枯れるように静かで自然な最期だった。
 新興住宅地(といってもすでに半世紀が過ぎている)のつながりは「干渉しすぎない」が暗黙の了解のようなところがあって、それぞれの家庭でそれぞれの暮らしが粛々と営まれている。今回亡くなったおじいさんのお宅に上がったのも息子さんと口をきいたのも初めてだった。玄関先に飾られた洒脱な植木の手入れに「江戸っ子」の文化的背景が感じられ、鉢植えの四季折々の小さな花たちは通りがかりの楽しみでもあった。
 住宅地を俯瞰してそれぞれの家の屋根を外したら、半径数百メートル内で何と様々な人生模様が繰り広げられていることか。それらが今にも切れそうな細い線でつながりながら何とか共同体を保っている。2011年の春に越して以来、明らかにここは「限界集落」だと思うのだけど、例えばこの穏やかな場にあえて「波」を起こす必要はあるだろうかと考える。
この5年で静かに消えていった人たちを思い出す。気づけば在宅ケア医院やホスピスまで、町内をあげて「死に支度」が整っていくようだ。孤独死の話もきく。しかしそれは独り暮らしだったからで、その人が孤独だった訳ではないのだと気づく。
 時おり、新興住宅地に漂う死の気配に絡めとられそうになるが、そこに小さな子ども世帯が越してくると町内にぱっと明るい光が灯る。子どもたちが外で元気に遊ぶ声は「希望」だと思う。各地で「子どもの声がうるさい」と声をあげる大人たちが話題になっているが、実は彼らの寂しさ、心の闇の方こそ深刻だと感じている。死にゆくもの、それを養分に育っていくもの。森の中の木々のように、人も自然に共生できればいいのにと思う。(1月19日Facebookから転載)

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2017年1月 1日 (日)

2017 謹賀新年

2017_32017(平成29年)謹賀新年

音を見失っていた2011年の秋に、
弘前で見つけた鳥笛。
あれからの日々を忘れない。
「希望」のサウンドスケープを奏でよう。
ちいさな音楽、耳の哲学。
2017年1月1日 ササマユウコ

 

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2016年12月31日 (土)

ピアノのこと

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①今年いちばん印象に残ったピアノ。様々な事情から親と離れて暮らす障害のある子供たちの施設、その食堂の片隅にあった。今では珍しい象牙の鍵盤で、丁寧に時間を重ねた丸くて優しい音がした。ピアノの前にいくと高校生の男の子がやってきて、ベートーベン「悲愴」第2楽章の頭を弾いてくれた。「好きな曲?」ときくと、はにかみながら「うん」と頷いた。彼はとても耳がよく、記憶から旋律を紡いでいた。おそらく緊張で室内を走り回っていた背の高い男の子がいた。その子がある瞬間、ピアノの傍に静かに腰を降ろした。彼は床に体育座りをして空(くう)を見つめたまま、静かな横顔でこちらの音に耳を傾けていた。彼は「何を」きいていたのだろう?言語のやりとりは困難だったので、今も謎のままだ。もしかしたら魔法のピアノだったのかもしれない。子どもたちはみんな、このピアノが大好きだった。

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②12月のミロコマチコ展で弾いたJIKE STUDIOのピアノ。アメリカ製(ワシントン)で100歳だった。響板にひびが入っているらしく、弾く場所によっては何とも面白いダミ声のような倍音が鳴った。低音は心地よい抜け感。会場中央に太陽のようなミロコさんとカプカプのトミさん、彼らの間を惑星のように自由に動く新井英夫さんと板さん、その周囲にはカプカプーズや会場のお客様たち。60名近いエネルギーが歌や踊りとなって渦巻く「宇宙の音楽」が内側から立ち現れた。時おり、誰かが飛び入りでやってきては即興の連弾になる。自分もそれを当たり前に受け入れていた。若い頃の自分ならどうしただろう?ひらかれたのは楽器か、音楽か、それとも心か。一期一会のサウンドスケープに、自分がいま求めているのは「関係性の音楽」だとあらためて実感した。(結局役に立たなかったけど、バックミラーを付けたのも初めてだった)。

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2016年12月15日 (木)

「こまば哲学」にて

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11月には東京大学駒場祭で開催された「こまば哲学」に、コネクトの方で協力させて頂きました。プログラムは「対話は言葉だけのもの?~音楽療法やサウンドスケープの視点から」です。
ファシリテーターとして音楽療法士・三宅博子さんを中心に、即興演奏や音のワークショップ、主催のP4E/山村洋さんの言葉での対話を重ねながら、参加された皆さんと一緒に「音」や「きく」からさまざまな気づきを得る時間となりました。

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この中で、弘前今田匡彦研究室でもおなじみのサウンド・エデュケーション「紙のワーク」を皆さんに体験して頂きました。そして今年、いくつかの場所でこのワークを実施してみて気づいたことがあります。紙のワークの「ルール」は「音を出さないで紙を回す」だけなのですが、そのルールをどう受け止めるかによって身体性が、もっと言えばその場の「音楽」が大きく変わってくるということです。

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この「紙のワーク」の本来の目的は、紙と身体(指先、膝や腕の関節)の関係性から楽器を演奏する身体を学ぶ音楽教育にあります。自分の出す音/出さない音に耳をすまし、身体・指先の延長線上として紙をとらえ「一体化」させていくプロセスに、よい演奏=音楽の本質があるという気づきを得る。その気づきから、身体の動きそのものが音楽になっていくのです。つまり「音を出さない」というルールを守るという意識で身体を拘束するのではなく、「無音をきく」こと、紙とひとつとなって柔らかく身体を動かすという発想の転換が必要になります。
興味深いことに、音楽教育が目的ではない場で同じワークをすると(’オンガク’という概念を共有しないでワークを実施すると)、「音を出さない」という「ルールを守る」ことのみに意識が向かい「ただ効率的に紙を回すだけの場」が成立します。写真の私のように身体の動きからも紙の動きからも音楽が消え、目的を達成するだけの何とも味気ない場になっていくのです。

Blog_4しかしそこにほんの少しだけ「関係性」や「柔らかく」というキーワードを与えるだけで、場が劇的に変化する。直線的に紙が回されていくだけだった場が、明らかに音楽的な波を描き始めるのです。皆さんの身体も膝や手首が上手に使われて、柔らかくなっていく。何より紙が美しく波を打ち、音楽を奏で始める。もしルールが破られたとしても、視覚的な「美」、また「全体の流れ」が包み込む。何より緊張感が消えて「楽しく」なるのです。
生活の中で「なぜ音楽が必要か」という問いの、ひとつの答えを見つける瞬間です。しかもこの場合は「沈黙をきく」というサウンドスケープ論の根幹にも迫ることができます。
さらに紙のワークには、コミュニティや紙の質を変えることからも気づきがあります。最後に「音を出さない」というルールを外したときに生まれる「自由な音楽」にも、また違う音楽の発見や喜びを感じることができる。実に単純にして奥深いサウンド・エデュケーションなのです。

参考文献:
『音さがしの本~リトル・サウンド・エデュケーション』M.シェーファー、今田匡彦(春秋社 2008)
『哲学音楽論~音楽教育とサウンドスケープ』今田匡彦著 恒星社厚生閣(2015)

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2016年10月 7日 (金)

「即興カフェ」終了しました!

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夏のような陽射しの中で「即興カフェ」終了しました。実はホスピスやワークショップを除いて、人前でピアノを弾いたのは2011年以来です。今日という日は決して当たり前ではなく、音楽を見失い苦しんだこの5年間を振り返りながら、祈るような気持ちで音を出していました。風の音がすごく心地よかった。
大切な仲間たち、森のテラスの皆さん、そして貴重な時間を使って足を運んで下さった方たち。ありがとうございました。何より10年前の「生きものの音」を大切に聴いてくれていた次世代音楽家たちと、この場所で共演できたことも嬉しかったです。等々力政彦さんとは2010年公園通りクラシックスのデュオ「旅する音楽」以来でしたが、お互いに50代になって’音が’成長したような気がします
●当日の写真などはこちら ⇒http://yukosasama.jimdo.com/

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2016年9月19日 (月)

【急遽決定!】即興カフェvol.1 @調布 森のテラス

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音楽家のプライベートな音の対話。そこに立ち現れる関係性=オンガクには特別な輝きが生まれることがある。「演奏者⇒観客」という一方向の、ある意味「ハレ」の関係性とは違う「何か」がある。今回はそこを、訪れた方と緩やかにシェアしてみようという、ある種の矛盾を孕んだ試みです。いわゆる「ライブ」や「公開リハ」とも違う。お好きな時間にお好きなように、思い思いに音風景を感じて頂けたら嬉しいです。「おもてなししない」という一期一会のおもてなしの場。

日時:2016年10月6日 OPEN 13時~16時 ※13時からセッティング、14時15分頃から10分程度の休憩。後半は15時45分から片づけの予定です。

対話する音:ストリングラフィ(鈴木モモ)×ササマユウコ(ピアノ、音具)×特別ゲスト・トゥバ民族楽器、声(等々力政彦)

場所:森のテラス
調布 仙川駅徒歩15分 www.moritera.com

参加費
:おひとり1000円
(お茶付き。保護者同伴のお子様は無料です。赤ちゃんもOKです)
※Open時間内の出入りは自由です。

即興カフェ silk&iron (シルクアイロン) とは・・繊細かつ大胆に、音で対話する場。
ジャンルを問わない自由な即興から生まれる「場そのもの」をオンガクとして共有します。「演奏者⇒観客」といった従来の関係性とは違う、演奏者たちの「音の対話」から立ち現れるその瞬間を、訪れた方にも自由に感じて頂くひと時です。即興カフェではワーク・イン・プログレスのほか、ワークショップ、対話型哲学カフェなど、「即興」の持つ可能性をさまざまなかたちで追求していきます。柔らかでフラットな関係性がつくる「表現の自由」とは?

※即興セッションは演奏者の内側に向けて行われますが、音は外側に放たれます。森の音、生活の音、さまざまな音と混ざり合った音風景、オンガクが生まれる瞬間をどうぞご自由にお楽しみください。

出演者紹介:

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鈴木モモ (ストリングラフィ奏者) 国立音楽大学教育音楽学部第II類卒業。幼少期に、ハンガリーの作曲家コダーイの創案した教育システム、コダーイシステムを主とした合唱団にて、ハンガリーの民謡や日本のわらべうたに親しむ。大学卒業後はアートギャラリーに勤務、後に2002年よりストリングラフィアンサンブルに参加、現在まで海外公演も含め数多くの舞台に立つ。また様々なアーティストとコラボレーションすることでストリングラフィの新たな可能性を探る試み「stringraphyLabo」を2011年から企画、主宰している。その他に自宅を開放したイベントスペース「minacha-yam」では口琴WSからアラスカ鯨漁のお話会まで様々なジャンルのイベントを開催。 http://minacosmo.wixsite.com/colorofminacosmo

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ササマユウコ (音楽家・CONNECT代表) 4歳よりピアノを始める。上智大学卒業後、映画、出版、劇場の仕事と並行して音楽活動。2011年の東日本大震災を機に、弘前大学大学院今田匡彦研究室社会人研生(20133月まで)として、サウンドスケープを内と外の関係性から「耳の哲学」と捉えている。音楽家としては1999年からCD6作品を発表し、N,Y.Orchard社より世界各国で聴かれている。201512月アーツ千代田3331で発足したスイス人音楽家JanAngelaの即興ワールド・プロジェクト「音を奏でる身体~動く音響」コラボレーター。またダンサー・新井英夫氏との「キクミミ研究会~身体と音の即興的対話を考える」など特に即興の可能性を探っている。 コネクトhttp://coconnect.jimdo.com/ 個人http://yukosasama.jimdo.com/

 
1回ゲスト

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             等々力政彦 (トゥバ音楽演奏家)

20年にわたり南シベリアで喉歌(フーメイ)などのトゥバ民族の伝統音楽を現地調査しながら、演奏活動をおこなっている。嵯峨治彦(モンゴル音楽)とのユニット「タルバガン」、奥野義典・瀬尾高志・竹村一哲とのユニット「グロットグラフィー」、ササマユウコ・真砂秀朗とのユニット「生きものの音」でも活動中。国内外ワークショップ、執筆も多数。研究者と演奏家の顔を持つ稀有な存在。

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2007年秋、調布の森のテラスでは2日間にわたる即興の記録、CD『生きものの音』(真砂秀朗、ササマユウコ、等々力政彦 DALIA-001)が録音され、ピーター・バラカン氏のラジオ番組で特集紹介されました。※当日CD販売あり。

企画・主催 即興カフェsilk&iron
      (予約不要) お問合せCONNECT/コネクト内) http://coconnect.jimdo.com/

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2016年9月16日 (金)

十五夜に寄せて

Photo 娘が2歳の頃に「私はうさぎ姫だからいつかお月様に帰るのよ」と言い出して、ドキドキしたことがある。彼女は9月の満月の頃に生まれて、私は出産時に文字どおり死にかけた。あの時から生と死がいつも背中合あせにあるようで、育児は余生の「ミッション」というか、なんとなく普通の子育てとは違う感覚だった。この子は本当に月から来たのかもしれないと、冒頭の言葉を聞いてからは、まるで「かぐや姫」を育てている婆さんのような心境だったと思う(笑)。しかも2歳前後の子どもは不思議と預言めいたことを口にするので、これは何かの「お告げ」かもと言葉を記録していたくらいだ。いま振り返れば「親バカ」の変型とも言える。

私が4歳の頃に人類が初めて月に行った(ことになっていて)、小学生の時に読んだ子ども向けの科学雑誌には「あと10年もすれば100万円で月に日帰り旅行ができるようになります」と書いてあって、かなり本気で楽しみにしていた。いつかこの青い星を外側からみたいと思ったし、宇宙飛行士を目指した同世代はきっとあの記事をどこかで読んで、変わらずに信じて大人になった人たちだと思う。
日は偶然10年前の雑誌記事に「太陽よりも月のような音楽家」と自分のことが書いてあるのを見つけた(作品タイトルが『月の栞』だったからか)。たぶん今は自転しながらさらに太陽の周りを回って惑星仲間もいる「地球」そのものだと思うけど、確かに妊娠・出産・育児期はもっと月を身近に感じて生活していた。新月満月、宇宙のリズムを意識するようになると、特に小さな子の調子を掴みやすくなるし、自分の内側の宇宙も意識するようになる。そして、それはそのままサウンドスケープの哲学ともつながって、欠片の集合体だった世界が一気にひとつの輪になるような感覚に包まれる。
9月の満月を見上げると忘れかけていた記憶や感覚がよみがえる。自分の生命にいつもより近づく感じがする。未だ実現しない月旅行よりも、家のベランダから遠く見上げるくらいの宇宙が私にはちょうどいい。そしてもうすぐ彼岸の入り、22日は秋分の日だ。

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2016年8月28日 (日)

【終了しました】キクミミ研究会夏の特別企画 『生きることは即興である~それはまるで‘へたくそな音楽’のように』

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【終了しました】

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 当日の詳細はこちら→

キクミミ研究会~夏の特別企画
生きることは即興である

 ~それはまるで‘へたくそな音楽’のように」

特別ゲスト:若尾裕(臨床音楽学)
きき手:キクミミ研究会
       新井英夫(体奏家)
       ササマユウコ(音楽家)

日時: 8月26日(金)20時~22時
場所:下北沢本屋B&B www.bookandbeer.com
□主催:B&B

サウンドスケープ、音楽教育、音楽療法、そして即興演奏。常に柔らかな姿勢で「音楽」と向き合い、その内側から芸術と人生の真理に迫る若尾裕氏。その仕事をキクミミ的に紐解きながら、「生きる」とは、「即興とは」を語り合う、非アカデミックで愉快な真夏の一夜です。ビールを片手にお気軽にご参加ください!

●この企画はB&Bの主催で第6回「キクミミ研究会~身体と音の即興的対話を考える」を公開にしたコネクト企画です。
キクミミ研究会:新井英夫、ササマユウコ、板坂紀代子

このイベントの内容に関するお問合せは、
相模原市立市民・大学交流センター内シェアード1 芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトまで
http://coconnect.jimdo.com/


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