命のつながり
■10代の頃に東京に出てしまった父は、いまだに自分と故郷の「距離のとり方」に四苦八苦しているようにみえる。しかも親の愛情をたっぷりと注がれた子供時代を送れたわけでもない農家の次男坊は、今でもどこか拗ねたところがあって、親に対する言動は思春期のままだ。虫が嫌い、紫外線が苦手、肉体労働も不向き・・と、生まれた場所をすっかり間違えたような父は、それでもやはり大地とつながっている人なのだと、庭の木々との向き合い方を見て私も最近少しづつ感じるようになった。そして自給自足を体験した子供時代に培われた自然と向き合うノウハウが、ちゃんと体に染み付いていることに関心する。三つ子の魂100までなのだ。■そんな父の母、つまり私の祖母は今年で99歳。100歳まであと一年。自分の親が100歳になるというのは、いったいどんな気分なのだろう。若い頃の不摂生がたたって、今となっては病気のデパートのような父は、すでにソワソワと何となく落ち着かない。その時を待っているような感じがする。ことあるごとに「自分の方が先に逝くわけにはいかないのだ」と、半ば気力で、母親が100歳を迎える瞬間を待っている。逆に言えば、祖母が100歳を迎えたら父がほっとして倒れてしまうのではないかと、どこかでヒヤヒヤしている自分がいる。■そういえば故郷を離れたことのない祖母には、フランスの血を受け継いだ玄孫(やしゃご)までいるのだから、命のつながりは本当に奥が深い。私の命もこれからどこへ続いていくのか。100歳まで生きて見届けてみたいような、見たくないような・・
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