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2008年2月の9件の投稿

2008年2月29日 (金)

ちいさな哲学①

Photo ■「今日のひとこと」を卒業して、最近は頭の中で考えていることを少しづつ文章に出来るようになった娘。机の上には、いつもノートがあって、気がつくとメモしてたりする。見せてもらうと次のようなことが書いてありました。

■おかしはたべすぎるとむしばになる。

■あいすはとけるからいそいでたべちゃうとあたまがいたくなる。

■あまいものにはわながある。

■しけったくっきーはまずい。

■なかみがないおまんじゅうはまずい。

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なんだか・・・深いぞ(親ばか ^^;)。そうか。親子と言えども、この6年の間にしっかり頭の中は別世界なのか・・と。これから色々と、この小さな哲学者に教えてもらいたいと思ってます。

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2008年2月25日 (月)

神様の言う通り

Tobira2007_2 ■いちど工場に入ったはずのマスター音源を、色々な偶然が重なって、当たり前のようにこうしてまたスタジオで直している時間が不思議だなあと思いつつ。でも結局もっと良いものに仕上がったと思うのです。これはもう、音楽の神様の仕業だとしか思えない。■正解のないことに正解を出すのは本当に難しいのだけど、関わった人たち皆が納得する「ここ!」という絶対的なポイントがあるはずで、そこを探り当てるのがこの2ヶ月におよぶ作業だったのだと思う。人間だから、感情に左右されたり、多数決になったり、問題が上がるたびに色々な思惑が交錯するわけだけれど、そういう感情のぶつかり合いのピークを超えると、不思議と「無私」の状態になってくる。最後は自分が演奏していることも忘れて、このCDがいちばんよい状態を探りあてることに集中する。「生きものの音」にホンモノの命が吹き込まれて、こうして工場から戻ってきたのも、こいつの意志だったんじゃないかい?と思えてくる。もうすぐ生まれるのだ。自ら命を宿したCDが。

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2008年2月23日 (土)

精霊と春一番

Photo ■洗濯物を干していると、お日様が気持ちよくて気温も上がるというので、お昼を持って新宿御苑へ。「母と子の森」に向かう途中、いつものように大きなモミジバスズカケの木に挨拶。まだ少し実を残してはいるのだけど、周囲の木々も芽吹き始め、大樹の幹からも春を迎える内なる生命力を感じて、一枚写真を撮ってみると・・・・ん?髭をたくわえて、何かを語りかけているお爺さんの顔に見えませんか?まるで「森は生きている」に出てくる12月の精霊のよう。いや、これ精霊でしょ?

■午後は雲行きがだんだん怪しくなってきて、あっという間に空が曇りだす。風が強くなってきたのであわてて退散。帰りは嵐のようだと思ったら、春一番の予報が。明日から寒くなるらしいので、ちょっと早い気もするけれど・・・。春一番に吹かれながら神楽坂を歩いていると、ダリアさんから「マスタリング急遽やり直し!」の連絡が!こちらにも、春の嵐が・・・

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2008年2月22日 (金)

満月とミシン

Ajia_3 ■ダリアさんから、ジャケット制作中のラオスの写真が送られてくる。色とりどりの手すき和紙に、ひとつひとつ版画が手で刷られて、手で折られて、CDジャケットのかたちになっていく。限定500部の貴重な手仕事ジャケット。まだ公開できませんが、どうぞお楽しみに。■同じ頃、石橋さんから最終音源データが届く。ああ、これでもう本当に。この作品は手を離れていったんだなあ、と。あらためて聴くと、いつものごとく反省モードになってしまって、自分の不甲斐なさに落ち込んだりもするのだけど・・・私の想いとは違って、これはきっと良い作品に違いないと。そんな気がします。いや、よい作品です!

■昨日は、30年ぶり?に実家のミシンを触る。仕方ないですよ、お母さんだもの。っていうか、家にミシンがある(出来る)のが前提でモノゴトが進んでいくのが、ミシンは凄く特別なものだと認識している私には不思議で仕方ないのだけど。ブツブツ言ってても仕方ないので、覚悟を決めて課題のひとつに取り組む。ばあばの手を借りながら、それでも予定をはるかにオーバーして3時間(泣)。肝心の娘に出来上がりを見せると「いいんだよ、これでも。がんばったんだからね」と、喜びではなく慰めの言葉が返ってきた(泣)。■おまけに夜中から偏頭痛に襲われて、ほとんど眠れず。朝、整体を予約するも既にいっぱいで、鎮痛剤を飲んでやり過ごす。頭痛なんて滅多に経験したことのない私にとって、ミシンはそれほど大きな存在であった。まだ課題がふたつ残ってるし(泣)。■頭痛といえば、昨年11月の録音時にも一回体験しています。あまりに凄い唄だったので、飲み込まれないように感情を抑えて弾いていたら、終わってから揺り戻しにあってしまいました。さて、それはどの曲でしょう?それもCDが出来てからのお楽しみcd

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2008年2月19日 (火)

プレス!

Photo_2 ■ここから先はアート班へ!となるはずが、実は水面下では音楽班の作業がずーっと続いていましたcapricornus そして先週土曜、深夜におよぶ作業が終わり、本日めでたくプレス会社へ音源入稿となりました。これから盤が出来上がるまでに1ヶ月くらいかな?その間に、ラオスの限定版木版画ジャケットや、一般販売用の紙ジャケットが仕上がっていく予定です。■11月の録音から5月5日の発売まで半年。その前のライブ構想から始まると、皆様にお披露目できるまでに結局一年半くらいかかりますね。今から9年前に、尺八の坂田梁山さんとCD「青い花」を作っていた時も、作業半ばで全テイク「録り直し」を決め、結局発売までに一年四ヶ月でした。が、その記録を遂に抜きました・・・DALIAさんの若さと情熱が皆を後押しして、なんとかここまで来れたと思います。■お蔭様で「青い花」は今でも愛されている作品となりました。そこで学んだことはただひとつ。「一度発売したCDは一生ついてまわる」ということです。実際に今も、5年前に出した「月の栞」に、スイスのテレビ局から問い合わせがきていたり・・・こうなるともう、子育てと同じだな~と。時々手を貸してあげるけど、一度手を放れた子供たちは勝手に旅をして、忘れた頃にお土産を持って戻ってきます。それに喜んだり、驚いたりと。そんなことの繰り返しがたぶん、一生続くのでしょう。■ドキュメンタリー性のある音作りの場合、スタジオで演奏を直すことはしません(出来ません)。あとは演奏家、エンジニア、ディレクターの想いが、摩擦を繰り返しながらも美しい結晶と化していく。その「静かな熱」が伝わればいいなあと。その熱こそが、生きることなのだと思ったりしています。■一曲ダウンロードが当たり前の中。何週間も曲間の秒数や、曲順について話し合う。そんな仲間たちに出会えて、本当に幸せな(大変だったけど 泣)仕事をさせて頂けこと、音楽の神様に感謝しています。

■CD「生きものの音」に関するお問い合わせは  日本橋DALIA 担当・石井寿枝まで

※写真と記事の内容に関連性はございません。

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2008年2月16日 (土)

給食など

Tobira2007_2 ■入学までまだ二ヶ月弱あるわ~、なんて思っていたら、すでに入学前プログラムというのがあって連日小学校へ(泣)。だいたい小学校トラウマの塊のような母親(私です^^;)が、はたしてこの時期を乗り切れるのか??というのが、娘が学校に馴染めるか以前の最大の課題なのです。■もらった資料を見ながら、音楽朝礼、縄跳び朝礼・・・ああ、まだこういうのあるんだな~と思う。朝礼が終わった頃、めまいのする体にムチうって、トボトボと敗北感を、いやランドセルを背負い裏門をくぐって校内に入っていく昔の自分を思い出す。掃除の始まった教室の隅で、グリンピースご飯を前にドンヨリしている。ソロバンの仕組みが理解できずに、黄昏た教室で居残り授業を受けている。なんだかんだとすぐに保健室に駆け込む。。。結局、小学校生活に慣れる(っていうか理解するのに)、三年かかったなあ・・・なんて。■でもって、そんなインナーチャイルドを抱えながら、保護者のコーチングなる講習会を受けてみる。子供をヘルプするんじゃなく、サポートする親になるための授業。。最初は考えただけで息が詰まりそうだったんだけど、意外にこれが、自分のトラウマ回復に役立ちそうな予感。■そうなんだ。もうあれからずいぶんの月日が流れ、私もそれなりに経験を積んで、大人になっているんじゃんと。そんな当たり前だけど、日々の流れの中では気づきにくいことに改めて気づいて、心が少し軽くなったりして。■小学校時代を乗り切れたのは、今はお坊さんをされている元担任の先生と、これまた大病を乗り越えて気功師になられた音楽の先生と、芸術の何たるかを教えてくれたピアノの先生との出会いが大きかった。そして今度は、自分がそういう「ちょっとはみだした子」を理解してあげる大人をやる番なんだな~と思ったりしたのでした。

■本日、肝心の娘は風邪で欠席だったのだけど、私にとっては貴重な時間でした。子育てって、もしかしたら子供の頃のトラウマを乗り越えて、インナーチャイルドを抱きしめるよいチャンスかもしれません。ちょっと希望が出てきた。■それにしても手作り物の嵐。ミシンのない(使えない)私はお手上げでございます(号泣)。

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2008年2月 9日 (土)

自然に在るということ

_edited ■朝起きるとNYから長文メール。時差は休日にも食い込んでくる(泣)。「地球の温暖化は終わったの?」と娘に聞かれるほど寒い日。都心でも雪が降り始めた。■昨日は父が急遽、入院手術。体内に金属?を入れ、これからは3ヶ月ごとに入れ替えるという。若い頃はお酒もタバコも半端じゃなかったので、今では病気のデパートのような体。その上「長寿」まで手に入れようなんて、今さら虫のいい話なのかもしれないが、本人も家族も「少しでもよくなれば」と祈るような気持で、医者が提示する治療法は受け入れていく。■私自身も現代医療に命を助けて頂いたので、決して医療を否定しようとは思わない。でも今の時代、人が自然に生き、自然に還って行く事は、実はとても難しいことなのだと父を見ていて思ったりする。■ふとテレビをつけると、自分たちが耕してきた畑に花や木を植えて、山に返すことを人生最後の仕事と決めた老夫婦のドキュメンタリーが放送されていた。途中で男が力尽き、最後には女も脳梗塞で病院に入る。でも二人が植えた紅葉はしっかりと色づき、山に秋の訪れを告げていた。女は今、病院の花壇を楽しんでいるというナレーションでその番組は終わる。■合成の薬、人工装置、管理された時間・・・自然と切り離されていく肉体。命を終えた木が静かに倒れるように、天命をまっとうすることは現代人には叶わぬ夢なのだろうか?「自然分娩」が見直されているように、これから「自然老衰」を希望する人も増えるかもしれない。若い人の治療と、高齢者の治療は、「治す」方法も目的も違うはず。命が自然にあるとはどういうことなのか。今あらためて考えてみる。■そして来月は、その父の母=祖母の100歳のお祝い。彼女は80代でガンを患い、今日まで元気に生きている。命は自然の神様の言う通りなのだろう。だからこそ、体の声を慎重に聴かないといけない。体は自然そのものなのだから。

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2008年2月 4日 (月)

立春

006 ■節分の翌日は立春。大雪の後は春光。近所では寒梅が花を咲かせています。二十四節気がしっくりくる私にとって、こういう節目には不思議と心身ともに切り替わった気がします。気がするだけかもだけど。

■アレックス、ダニエル、ジョアンナ、フレディ。。。最近、仕事で関わっている方達の名前。最後の一人は日本人ですけど。

■サントリーが「青いバラ」の発売に踏み切るらしい。私の目がおかしいのかな?青じゃなくて薄紫に見えますけど・・・。「ブルーローズ」は英語で不可能という意味。そのコトバには、人間は神の領域には入るべからず、という教訓があるような気もします。

■ずっと気になっていたヤン・リーピンの「シャングリラ」。一週間迷って、やっぱりチケットを手に入れる。中国からも、遂にこういう舞台人が出てきたのかと思うと、最近のギョウザ事件を差し引いても、末恐ろしい国だなと思ってしまう(いろんな意味で)。■それにしても舞台チケットって、二人分ともなると高いわね(泣)。装置の輸送費や人件費を考えたら妥当な値段だし、劇場にいた頃は考えもしなかったけど、自腹で買うチケットって宝くじを買うみたいに勇気がいる(クジ運が無いもので ^^;)。■蜷川幸雄氏が語っていた「生活者のお金を頂くこと」の意味を、あらためて考える。他人様の貴重な時間とお金を頂いて舞台に上がることの責任。重なった年の分だけ、重くなるような気がする。

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2008年2月 2日 (土)

春の気配

Photo ■二月に入った途端、朝から山のように迷惑メールならぬ、勝手にアドレス登録された「メルマガ」が届く。これだと迷惑フォルダにひっかからないのよね。どうにかして~(怒)!

■今週は連日、受験以来の英語脳を使いN.Y.と時差のあるやりとり。メールは一瞬にして送れるけれど、向こうからの返事は日付が変わった半日後。当たり前なんだけど、やっぱり地球は丸いんだなと思う。

■「いやだいやだ」と逃げ回っていると面倒なことばかりだけど、「受け入れよう!」と腹をくくった途端に扉が開いたり、支援者に恵まれたりして、なんだか気持も晴れ晴れする。最近の人生教訓なり。

■少し早めの三寒四温。明日は節分。雪の予報は春の足音。4月から娘の生活圏が神楽坂から早稲田に移ることが決定。あと6年間、夏は阿波踊りだと思ってたので、母はちょっと残念。なぜか黒猫と「夢十夜」が好きな娘。漱石さんの猫塚に呼ばれたか。

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