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2008年2月 9日 (土)

自然に在るということ

_edited ■朝起きるとNYから長文メール。時差は休日にも食い込んでくる(泣)。「地球の温暖化は終わったの?」と娘に聞かれるほど寒い日。都心でも雪が降り始めた。■昨日は父が急遽、入院手術。体内に金属?を入れ、これからは3ヶ月ごとに入れ替えるという。若い頃はお酒もタバコも半端じゃなかったので、今では病気のデパートのような体。その上「長寿」まで手に入れようなんて、今さら虫のいい話なのかもしれないが、本人も家族も「少しでもよくなれば」と祈るような気持で、医者が提示する治療法は受け入れていく。■私自身も現代医療に命を助けて頂いたので、決して医療を否定しようとは思わない。でも今の時代、人が自然に生き、自然に還って行く事は、実はとても難しいことなのだと父を見ていて思ったりする。■ふとテレビをつけると、自分たちが耕してきた畑に花や木を植えて、山に返すことを人生最後の仕事と決めた老夫婦のドキュメンタリーが放送されていた。途中で男が力尽き、最後には女も脳梗塞で病院に入る。でも二人が植えた紅葉はしっかりと色づき、山に秋の訪れを告げていた。女は今、病院の花壇を楽しんでいるというナレーションでその番組は終わる。■合成の薬、人工装置、管理された時間・・・自然と切り離されていく肉体。命を終えた木が静かに倒れるように、天命をまっとうすることは現代人には叶わぬ夢なのだろうか?「自然分娩」が見直されているように、これから「自然老衰」を希望する人も増えるかもしれない。若い人の治療と、高齢者の治療は、「治す」方法も目的も違うはず。命が自然にあるとはどういうことなのか。今あらためて考えてみる。■そして来月は、その父の母=祖母の100歳のお祝い。彼女は80代でガンを患い、今日まで元気に生きている。命は自然の神様の言う通りなのだろう。だからこそ、体の声を慎重に聴かないといけない。体は自然そのものなのだから。

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