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2008年3月の1件の投稿

2008年3月20日 (木)

ヤン・リーピン「シャングリラ」を観て

Photo ■今までに数え切れないくらいの舞台を観て来たけれど、ヤン・リーピンほど「美しい人」を観たことがない。オーチャードホール三階の一番後ろの席からでもわかるような、指の関節ひとつにいたるまでの、繊細かつ力強い動き。その神々しいまでの存在感に、場内からは溜息さえ聴こえてきた。パンフレットによれば、今後彼女は制作に専念する予定だという。しかし舞踊家としての稀有な才能を、この先も観客が放ってはおかないだろう。それは彼女にとっては幸か不幸かわからないけれど、この舞台に足を運んでみようというきっかけを、より多くの人に与えることは確かだ。

■新しい芸術は時に「危機感」から生み出される。正式な舞踊教育を受けず、貧しい母子家庭で育ち、資産家との結婚が破綻し、そして背水の陣で故郷の雲南に帰る。そこで出会った(再発見した)民族芸能が消滅の危機にある現状を知り、彼女は残った私財のみならず、人生すべてを投じて各村を訪ね歩き、学校を作り、そうしてこの「シャングリラ」を誕生させる。

Photo_3 ■舞台上に壮大なスケール感で繰り広げられるのはまさに、生命、自然、宇宙、そして神への賛歌。雲南省各地の少数民族が守り抜いてきた民俗芸能を、その精神性を熟知した愛と尊厳をもって、見事に芸術作品へと昇華させている。日々の暮らしから消えゆこうとしている’ありのまま=原生態’を、危機感を情熱に代えて守り伝えようという決意。そこに私は心打たれ、勇気をもらった。人間もアリも蛙も同じ。男女が営む「命の連鎖」は、’愛’や’本能’といった言葉では抱えきれないほど本質的かつ感動的に、ただただ胸に迫ってくる。

■カーテンコールでの惜しみない拍手。最近の’中国’に対する国内の(私の)イメージは決して良いものではないのだが、本物の芸術は国境や人種はもちろん、そこにいる全ての人々の個人的な感情さえも越えてしまう。心の中から「私」が消える。終演後に生まれた場内の一体感。それこそがまさに、シャングリラ(理想郷)なのだと思った。

こちらで動画が見られます→(日本公演と若干内容が違います)

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■夜はスタジオで最後の「生きものの音」サウンド・チェック(実はまだやってた)。今回はSound Produce:BEN-TEN Recordsとして録音場所や方法など提示させて頂いたこともあり、結局最後までスタッフとしても関わらせて頂きました。でもこれでホントにレコーディング終わった~!って、これからがまたアーティスト・ササマユウコの出番なわけですが・・・どんなところに出没するのかな・・・生きものの音、おそるべし。

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