« 春の手仕事・アート ピックアップ | トップページ | ひとのつながり »

2008年3月22日 (土)

いのちのつながり

■最近あらためて気づいたのだけど、私は「臨死体験者」なのだった。その時の話は不思議なことに、波長が合う人にはすんなりと(初対面でも)出てくるが、しない方がよいだろうと思う人にはしない。■人はあまりに衝撃的な体験をすると、それを咀嚼するのに数年かかるらしい。6年経った今だからやっと、冷静にその時の話ができる。あまりに生々しい話なので、ここでは詳しく書くことを避けるけれど、私はその時に「あるもの」を見たのだった。それが血圧が50-30まで落ちた頭が見せた幻覚だったのか、それとも本物だったのかは、今は確かめようがない。なぜなら、その時に私が乗っていた手術台も、手術室も、古い病棟すべてがその後まもなく取り壊されてしまったからだ。■「死の淵」にいた自分は、思いのほか冷静だった。このまま意識を失えばおそらく戻ってはこれないだろうという思いが、ずっと目を開けさせていた。半日前に「安産で」母親になって、そして今死にかけている。その落差に戸惑いながらも、初乳をあげた娘の存在が私をこの世に強く引き戻した。麻酔が効く間もなく切り開いた体の痛みも、今となっては覚えていない。許容範囲を超えた痛みは、もはや痛みの記憶としては残らない。「これはきっと、生きることをどこかで放棄していた自分への罰なのだろう」と。私は天井のライトの中に写し出された「あるもの」を見つめながら思っていた。■世紀末思想とでもいうのか、子供の頃からずっと「20世紀が終わる36歳で死ぬのだ」と思っていた。21世紀に生きる自分というものを、高校生の頃からまったく思い描いていなかったのだ。しかし自分の人生には無縁だと思っていた子供を授かり、36歳の終わりの秋に死にかけた。母親になったあの日。それまでの私は確かに死んで、そして生まれ変わった。今でも何かの拍子に「もしあの時死んでいたら・・」という思いにかられることがある。こうして今生きている自分は、21世紀に誕生した命を育てている。それは自分の意志なのか。「あるもの」によって生かされているのか。その答えはまだ見つからない。それを一生かけて探していくのが私の人生なのかもしれない。

Image018 ■今日は祖母の白寿の祝い。100年の命は、それだけで尊い。その命と私の命もつながっている。祝いの席に集まる人たちの命が何かしら、つながっている。その事実に、なんだか圧倒される。今ある命は「過去から積み重ねられたものなのだ」と考えると、無責任なことはできない。折しも、お彼岸。山の上の澄み切った夜空には、満月が煌々と輝いていた。

|

« 春の手仕事・アート ピックアップ | トップページ | ひとのつながり »

時々日記」カテゴリの記事