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2009年1月21日 (水)

就任演説

2004summerdm■久しぶりにレーベルDMの写真。平沢千秋さんの作品です。ずっととても評判がよいので、いつか作品のジャケットにと考えています。

■昨夜はなんだか具合が悪かった。途中、久しぶりに寝汗をかいて目が覚めて、時計を見るとちょうど就任式の時間だったので、着替えてテレビをつけたら、目の前に200万人の群集が映し出された。ぼうっと夢うつつのまま、アレサ・フランクリンの歌や就任演説をきいて、アメリカがまた遠い国になってしまったような気がして、パレードの前にスイッチを切って眠りにつく。朝起きたら少し体が楽になっていたので、やっぱり風邪をひいていたらしい。

■子供の頃、この国は全てが’アメリカに追いつけ追い越せ’だった。戦争の記憶にまだ生々しさもあって、憧れや、劣等感が渦巻いて大きなエネルギーになっていた。広い芝生の大きな家や、大きな車や、大きな冷蔵庫が「奥様は魔女」なんかに映し出されるたびに、子供心にも「アメリカは凄いなあ・・」と思うのだった。ブラウン管の中では、「大きいことはいいことだ!」なんて気球にのって叫んでる人もいたりした。■大人になると日本は経済大国になっていて、まるで敵をとるようにマンハッタンのビルを買収していた。私もNYが第二の故郷みたいに勝手に思っていたし、実際に今も音楽で繋がっている大切な町だ。

■そんな日本も気がつけば元気がなくなって、こんなに小さな国が世界一大きな国をお手本にするのは無理があるだろう、と最近みんなが’身の丈’に気づいている。同時にアメリカへの憧憬も薄れたけど、昨夜の就任演説をみて、やっぱり大きな国にはそれだけ沢山の人がいて、そこから選ばれる人の’覚悟’は全然違うんだなと思う。■新大統領は同じ40代。彼の語る言葉のひとつひとつが、同世代的に共感できるものだった。それを’道徳的’と揶揄するのは簡単だけど、正しいことをやろうとする人や、正しいことを言う人を批判することは今や前時代的だと思う。「じゃあ、あなたにはできるんですか?」と。誰に向かってイライラしてるのかわからないけど(たぶん自分)、アメリカ国民ではなくて、地球に生きる大人の責任とは何ぞやと、今あらためて自分に問いかけてみたりする。

■夕方、娘を迎えに行った児童館では子供たちの「Yes、We Can!」コールが響き渡っていた。

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