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2009年5月の1件の投稿

2009年5月22日 (金)

にんぎょひめ

Photo先月、娘がワークショップに参加したルドヴィコ演出の「にんぎょひめ」。
新型インフルも懸念される中、昨夜無事に観てきました。
「美女と野獣」「
雪の女王」に続く三部作完結編と言える作品です。

5人の役者でミニマルに凝縮された内容は、
三部作の中でも一番好きな作品となりました。
動き、音、布、光・・・。ひとつも無駄が無い。
すべてに意味があって、一瞬たりとも目が離せない舞台でした。

印象的だったのは、にんぎょひめが
嵐の海に放り出された王子を助ける冒頭のシーン。
ああそうか、と。
ここで二人は’超濃厚接触’するわけです。
普通の絵本ではさらりと書かれていますけど、考えてみればそうなんです。
若い男女が抱き合いながら波にもまれ、
お互いの体を感じ、ついには胸や唇にも触れてしまう。
生と死に向き合いながら、性にも目覚めていく・・・。
憧れの王子様といきなりそんな経験をした15歳の少女。
にんぎょひめが、声を失うことも恐れずに、
王子に会いたい一心で人間になってしまった動機が、
やっと、実感としてわかった気がしました。

そして生々しい血にまみれた人間の足を手に入れるシーン。
それは、初潮を迎えた少女を連想させます。
輝くような白い足の艶かしさ。
にんぎょは大人の女になることで、
'姫’でいられた自分の世界を飛び出します。
そして現実の厳しさ(王子という’社会的な’身分とか)を知り、
恋に破れて海の泡へと消えていく・・・。
主人公にとっては最も悲しい結婚式のシーンを、
あえて観客に’祝福する’ことを促すなど
(娘も「おめでとう!」って拍手してましたけど 笑)、
ルドヴィコらしい人生の残酷な要素も入れながら、
美術も照明も音楽もとても美しく、哀しい場面に思わず涙が出そうでした。

それにしてもアンデルセンの女性観は、幅広いです。
運命に翻弄される「おやゆびひめ」、
悲運の「マッチ売りの少女」、不屈の精神・ゲルダ・・・。
すべてがハッピーエンドじゃないことに意味があると。
アンデルセン&ルドヴィコ・ファンには、
最後に泡にならない「にんぎょひめ」なんて、あり得ない。
「なぜ彼女は泡になったのか」を考えるのが「にんぎょひめ」なのでした。

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