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2009年8月の8件の投稿

2009年8月30日 (日)

やさしいとは、自然であるということ。

Image321_2最近どこかで見かけて、妙に心に残っている言葉。

人を気遣ったり、優しくされたり・・・、
この世はギブ&テイクですが、
「あえての、行為(態度)」が、
知らぬ間に相手を傷つけてしまうことも(その逆も)ありますよね。

劣等感や優越感、負い目や気づかれ・・・
そういう感情と向きあうのが面倒だから、
意識的に人と距離を置くこともある。
人を傷つけない(自分が傷つかない)方法かもしれないけど、
それは優しさとは正反対にあるような気がします。

自分の中の小さな感情なんて飛び越えたところに、
本当の優しさがあるのでしょう。
思えば、自分に対して自然でいてくれる人の存在には、
自分を丸ごと受け入れてもらえた安堵感や、信頼が生まれる。
私はそんな人になれているかな・・と思うと、まだまだ・・・。
自然であるということは、それだけむずかしい。

きっと’自然’ってことを意識しなくなった時、
本当の優しさが身についているのでしょう。
音楽(演奏)も、きっと同じ。
自由とか無心とかも、みんな同じでしょう。

さて。手元には秋以降の素敵な情報が沢山届いております。
なかなかご紹介できずにごめんなさい!
新型インフル、台風、政権交代・・と、
いつになく、ざわざわとした世の中。
私もすでに、2009年怒涛の後半戦が始まってます。

先のことを考えると不安にもなるけれど、
とにかく今やれることを、今やるしかありません。
未来は、今の積み重ねでしかないですものね。

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2009年8月26日 (水)

「ありがとう」&「ごめんね」 メッセージ募集!  BABY in MEから

BABY in MEの村松さんから、お知らせです。
とても素敵な企画なので、私も微力ながら
Mother Songsでご協力させて頂くことにしました。

メッセージを募集します!

「ありがとう」&「ごめんね」大募集!

BABY in MEでは、みなさんの
その時、その場では
『言えなかった… 
 ありがとう&ごめんね』を大募集します。


Photo

本当は「ありがとう」または「ごめんね」と

言いたかったのに

 ・言える状況ではなかった

・相手が誰だか分からない

・相手は分かるが、連絡先が分からない

・恥ずかしくて、どうしても言えない

など、伝えられなかった想いを

メッセージにして送ってください。

<例えば>

「六本木でsuicaを拾ってくださった方、

 ありがとうございました。」

「○○ちゃんへ。

 今日はいっぱい怒っちゃって、ごめんね。

 ママ反省してます」

「パパ。いつも、お皿洗ってくれてありがとう」

「バスから降りる時にベビーカーを持ち上げてくれた

 サラリーマンの方。どうもありがとうございました」


このような感じで、お気軽にお寄せください。

いただいたメッセージは匿名にて、

BABY in MEのサイトおよびブログ等でご紹介します。

また、お寄せいただいた方のなかから抽選で

毎月1名様に、

日本の童謡・唱歌を心温まるピアノで綴った

CD Mother Songs (ササマユウコ)をプレゼントします。
※当選は、発送をもって代えさせていただきます。

みなさん、どうぞお気軽に、ふるってお寄せください!

メッセージのご応募など、詳細はこちら→

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2009年8月24日 (月)

夏の終わり

Image6541_2昨日は二十四節気の処暑。
夕立後からは爽やかな秋の気配が、
ここ新宿でも感じられました。

最近、週末は実家で過ごすことが増えました。
土と緑と川があって、プチ里山の風景が見られて(東京だけど^^;)、
’野鳥の森’のある自然公園もあって。
都会育ちの娘は、
ジジの庭仕事を手伝うだけでも、
生き生きとしています。

高度経済成長期の東京郊外育ちには、
自然破壊と川の汚染の記憶しかないのですが。
(よって、自然の大切さを実感したこともなく・・・)。

地面とつながること。
特に子供のうちは、
やっぱり理屈抜きで大切だなあ・・と思います。

夏休み最後の日。
早起きして野鳥の森を散歩すると、
小鳥隊長が羽を見つけました。
たぶんコゲラ、だろうと。


この夏いちばんの宝物です。

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※あとで調べたら、アオゲラの羽でした。

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2009年8月22日 (土)

ちいさな哲学⑧

Iisu早いもので(いや長かったか・・)
娘の夏休みも、いよいよおしましです。

後半は少し持ち直しましたが、
それにしても湿度の高い夏でした。
近所の図書館に避暑することも多かった。
ここにいる間は、親子ともほっと一息


今日も夏休み最後の図書館に行きましたが、
朝から蒸していたせいか、いつになく混んでいました。
2~3才の小さな女の子を連れたお父さんが多かった。
(元気のいい男の子じゃ、間が持たないもんね~)。
そういえば、土曜日です。
一週間がんばったママが、家でほっと一息ついているのでしょう。

でも、子どもコーナーに行って、ちょっとびっくり・・。
自分のお子さんに「読み聞かせ」をしているパパが何人もいて、

最初は微笑ましく思ってたんですけど。

なんか・・・・

声が、やたら大きいんですけどcoldsweats01
しかも、ひとりじゃなくて、2、3人。

まるで張り合うように感情移入して、自分のお子さん相手に’大熱演’。
中には紙芝居を取り出して、読み始めたパパもいて。
途中から来た子どもたち、
’今日は読み聞かせの会やってるの?’と勘違いしてるくらいで。

字が読めないお子さんに絵本を見せたい気持はわかるんです。
私も娘に読んでやってましたから。
でも、ここまで来ると、
小さい図書館なので大人コーナーにまで声が響いて、
読み聞かせパパ、大迷惑なんですけどgawk

みれば子どもコーナーには、
「お母さんのおしゃべりが、こどもにうつります」
なんて張り紙まで・・。

かつては図書館で声を出さないのは常識でしたけど、
今では都会育児の大事な社交場でもある。
赤ちゃん(絵本)コーナーだけでも、
防音室になってる図書館が欲しいなあって思いました。
まあ、ここまで小さな図書館ってのが珍しいとは思うんですけど
(新宿区、図書館関係の施設が古い・・)。



パパたちの熱演が終わりそうもないので早々に退散しようと娘を探していると、
いつも通り、生物コーナーの棚の前にしゃがみこんで、
図鑑にかじりついてた。

「何見てたの?」

と聞くと、


娘「カメの脱皮!」


脱皮するんですね・・・カメって。

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2009年8月14日 (金)

ロータスの季節 2009

004東京は7月ですが、全国的には今がお盆ですね。
早いもので、今年もまたロータスの季節がやって来ました。
極楽と
この世がつながっている時期に、
毎年変わらず咲く蓮の花を眺めていると、
本当に自分が、
この世ではない場所とつながっている気がします。

006


上野・不忍池の近くの町では、
娘とつながった命が江戸の昔から暮らし、
その命のいくつかは、大空襲の犠牲となりました。
東京の下町では、今でもそういう話を沢山耳にする。


                        

003ここには焼けた人の山があった、

川は死体で埋め尽くされた、家も何もかも失った・・・。

今は本当に想像もつきませんが、
悲しい戦争が、過去には確かにあったのです。

明日8月15日は、64回目の終戦記念日。
この蓮の花ひとつひとつが、失われた命の化身なのかもしれません。

007

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※来月開催の白州の「生きものの音」ライブ。
先日のリハーサルの模様がアップされました。
(ピアノの横には弁天様の絵があった・・・)。
88 Vol.22号でも紹介されています。

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2009年8月 9日 (日)

圏外生活

020演奏者としてスイッチが入ってる時と、
自然の周波数にチャンネルが合ってる時は、
おそらく脳の状態が似ているのかな・・。

今年は既にスイッチが入った状態で森に来たもので、
ある種の’平常心’がずっと続いていました。
こういう時はたぶん、インドでもコスタリカでも、
きっと地球上のどこにいても、
心の状態が変わらない気がします。

それどころか、
今回は頭の中で相変わらずシタールやタブラの音が渦巻いるし、

ビジターセンターやレストランでは必ずピアノ音楽が流れてるし(泣)、
いつになく仕事モードでした。

それでも、夜明けと共に起きて鳥の「鳴き出し」を聞いたり、
タヌキの親子(向こうも3匹)に遭遇したり、
木の実を抱えたリスを見つけたり、
いろんな山の生きものたちに会えました。

インタープリターは今や若い女性に人気の
職業なんですね。
ananを始めとする雑誌記事がたくさん紹介されていました。
(私の学生時代は ’ハウスマヌカン’が人気職業だった・・ ^^;)。
アーティストと自然ガイドがひとつになったような、
とても興味深い’未来の仕事’です。

025_2

今回、予想外に救われたのが、
携帯が圏外だったってことでしょうか。
他の方は、普通に使ってましたけど・・・。
今は無きJフォン時代の料金システムから、
ホワイトプ●ンで倍近く跳ね上がって、
全然納得いってなかったんですけど、

今回だけはソ●トバンクでよかったと。
貴重な’圏外生活’を買ったんだわ、と。

本来逆なんでしょうけどもgawk

ただし下山した途端、
バンバンメールが入ってきて、
あっという間に電池が無くなりましたが。

なんだかんだ言っても、
休暇はどんなに忙しくても、
無理してでも取った方がいいですね。
ピアノなんて数日弾かなくたって、
地球は何も変わらない。
その変わらない時間の中に身をおいて、
鍵盤に触れない時間が育んでくれるものもあるのさ、と。

自然の恩恵から、新しい演奏アイデアも手に入れました。
楽器の前にいたら気づかなかった、たぶん。

それにしても、家族写真をほとんど撮ってなくて、
キノコばっかりだよ・・(^^;)。

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2009年8月 4日 (火)

夏休みの前に

Sinobazu_hasu_2 この1週間、まるで旅をしているように、
時間の流れが濃密だった
・・・。
1週間が1ヶ月にも、1年にも感じられるような、
どこか非日常的な日々。

昨日は恩師の音楽葬に出席して、
懐かしい顔に10代の頃の呼び名でいっぱい呼ばれて、
一挙に時計が戻ったような、
映画を見ているような、不思議な感覚だった。
斎場にはグランドピアノもあって、
まるでコンサートに来たような気分で、
先生の死も、すべてが夢のようで・・・。

野和田さんの葬儀の時もそうだった。
舞台の続きを見ているような感覚。
芸術にすべてを捧げた人生には、
終わりなんてないんだな、と思う。
生き続けるのだ、人々の記憶になって。

その、ほんの1時間前まで、
インドやアフリカやシベリアやヒグラシの音に囲まれながら、
私は何時間もピアノを弾いて、
みんなでテーブルを囲んで、いっぱい笑ってカレーを食べた。
そして斎場に来る途中、
吉見さんのタブラや、コウロウさんのシタールの音色が頭を巡って、
「ああ、もっとピアノ弾かないと。ヤバイヤバイ」とずっと心の中で思っていて、
祭壇前の先生の写真を見たら、
尚更その思いは強くなるのだった。
子どもの頃から何ひとつ変わっていない・・。


1週間前は長田さんから額装されたCDジャケットの版画を頂いて、
田尻幸子さんが出展している本の企画展で、
思いがけず善林さんをはじめ色々な方にお会いしたり、
11月のプラネタリウムの打ち合わせで、
やっぱりカレーを囲んで秋田さんや等々力さんと何時間も話したり、
その間に、泳げるようになりたいなら
スイミングクラブに通うしかない
娘の短期特訓に付き合ったり、
10月のワークショップ(?)の稽古日がドドドっと入ってきたり、
CDリリース前の、苦手で面倒な事務仕事がドドドっと迫ってきたり、
忙しさのあまり神隠しにあったような森川さんをとっつかまえてジャケットをお願いしたり、
もう何がなんだか・・・我ながらよく頭が混乱しないな、と(笑)。

最近、憑き物が落ちたように、
そのあたりが変わったところだと思う。
なんだか俯瞰している。いろんなこと。
みんなが元気で一緒に過ごせる時間が天からの贈り物のように、ただ有難いと思う。

明日はまた父の手術。
あさってから束の間の夏休み。
湖のほとりで、家族でのんびりします。でも天気予報が微妙(泣)。

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2009年8月 1日 (土)

恩師の死 (追悼・福岡幸子先生)

Image6181今回のMother Songsを作ろうと思った動機は、
実は恩師・
福岡幸子先生の体調が思わしくないということを、
今年の初めに知ったことが大きかったのです。
ここでも何度か「聞かせたい人がいる」と書いてきましたが、
それは、まぎれもなく先生のことでした。

今年中に作らねば・・と。予感のようなものがありました。

でも、間に合わなかった。
昼に、母親経由で訃報を受け取りました。

サンプル盤だけでもお送りしようと、
今年頂いた年賀状を机の上に出したところでした。


今でもふと、思うことがあります。
本当だったら、先生の意思を継いで、
多くの同期や後輩の皆さんのように、
クラシック音楽に尽力を注ぐのが私の生きる道だったのかもしれません。
でも、どうしてもそれが出来なかった。
体の中の、本能の部分が、そこは違う世界だと抵抗するのです。

生意気な十代が門下を飛び出して30年、
今でも不甲斐ない、力不足の、
こんな私の活動を陰ながら見守ってくださっていたこと、
本当に最近知りました。

習い事と、プロへの道は、全く別物だということを、
小学生の私に全力で教えて下さった先生に出会わなかったら、
今こうして、ピアノを弾いていられなかったと思います。

今は悲しいという感覚をはるかに越えて、ただ身が引き締まる思いがします。
自分の中で永遠に色褪せない時間がある。
そこに音楽があるから、先生と過ごした時間が色褪せない。
その力はやはり、計り知れません。


写真のピアノは、学童から戻った娘に手渡されました。
偶然。

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