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2011年5月の3件の投稿

2011年5月24日 (火)

長田恵子展 「つつましい宝もの」  明日から

「長田恵子展 つつましい宝もの」

2011年5月25日(水)~6月4日(土)
11:00~19:00(最終日は17:00まで)

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Mother Songsのジャケットでも素敵な銅版画を提供して下さった長田恵子さんの個展のお知らせです。
DM写真はトーベ・ヤンソン「彫刻家の娘」より。
どこかユーモラスで無国籍な雰囲気の彼女の作品、
トーベ・ヤンソンの物語とも、とてもよく合っていると思いませんか?

タイトルがなんだかとてもタイムリーな感じですけれど、
震災前から決まっていたものなんですって。
個展開催中の土日は、作家在廊日の予定です。
まだまだ心落ち着かない日々が続きますが、
だからこそ、長田さんの作品(と、ご本人)にほっと一息。
是非お出かけください。

場所・IZUMI JEWELRY Shimano www.jewelry.co.jp 
    神奈川県小田原市栄町2-7-2 

長田恵子HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~osadake/

■会期中はCD「Mother Songs」も販売いたします。
売り上げの全額を、東日本大震災で被災した子供たちの支援金として
日本ユニセフ協会に寄付させて頂きます。

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2011年5月17日 (火)

みどりのゆび

みどりのゆび (岩波少年文庫)みどりのゆび (岩波少年文庫)

著者:モーリス ドリュオン
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

放射能で汚染された土壌に、
菜の花や向日葵を植えようという研究がされています。
これらの植物には、土壌から放射線物質を吸い上げる力があるとか。
また、南会津の放射線量が思いのほか低いのも、
あの深い深い山の緑のおかげかもしれません。

都会でも、この夏を乗り切る節電対策として、
グリーンカーテンが注目されています。
うちもさっそく家族で、ゴーヤと朝顔とキュウリで、
窓辺にカーテンを作っている最中です。

いま、原発事故がお手上げ状態となりつつあって、
どんどん空気も水も土も汚れて、
早いこと何とかしないと、
本当に手遅れになってしまうのではないかと不安です。
やっぱり最後に頼める力は、自然の力だけなのではないかと。

自然の力(地震と津波)を、あの日以来これでもかと見せつけられて、
人間は、自然を支配したり、対決するのではなく、
その力を「お借りします」という姿勢で、もっと謙虚に生きないといけないと。
自然界を越えるエネルギーを作り出そうなんて、
神の領域を超えた、思い上がりだったのだと、
どうか原発関係者にこそ気づいて欲しいと思います。

この、モーリス・ドリュオン作「みどりのゆび」に出てくるチトのように、
あっという間に、街を緑で覆いつくせる魔法が使えたら、
どんなにいいだろうかと思います。
この本に出てくる武器工場を、
原発(=核兵器工場ですが)に置き換えて読んでみると、
工場長が最後につぶやく
自然の力にさからうことはできない」という気づきの言葉にこそ、
作者が託した未来への希望があると思うのです。

「みどりのゆび」は1965年の作品。
米ソ関係が緊張を増し、
核兵器や宇宙開発が急ピッチで進められていた頃に作られたお話です。

この物語に込めた大人への警告と子供へのメッセージ。
今こそ、それはそれは重く深く響いてくるのでした。

原発事故がきっかけで、
この物語のように街が緑や花で覆いつくされる日が来るとしたら、
今の苦しみの先には、
きっとひとつの素敵な時代が待っていると、私も希望を抱いていけるのです。


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2011年5月 9日 (月)

近況など~核から田んぼまで~

Tampopo2011

あきらかに震災が原因で、
まるでドミノ倒しのように自分に「役目」がまわってきて、
引越しの翌日から働いてます。
すごい展開。
1ヵ月ちょっと経つけど、
まだピアノの部屋のダンボールは片付いてないし、
インド大使館にも、
新宿の事務所にも全然顔を出せないのだけど。

この間に、映画監督の鎌仲ひとみさんや(ご近所だった!)坂上香さんとつながれたり、
(つくづく映画には縁があるらしい)、
これから出会う田中優さんや、
田んぼや川や発電所や湧水や、
なんかもう「私の人生どこへ?」状態でめまぐるしく日々が展開しているけど、
そこにはやっぱり、今までやってきた音楽からの恩恵が少なからずあって、
震災後ずっと考えてきた「私の音楽の役割」が、
自分の中ではひとつ腑に落ちたようなところがある。
今までがあったから今がある、というような。

実はチャリティコンサートの出演もお断りしてしまったくらい、
今は鍵盤に触る時間も無くて忙しくて少し焦りを感じてもいるんだけど、
でも、こんな状況でも音楽やれてる人はやれてるんだから、
私はいま、そういう役目じゃないんだろうと思っている。

そして今日、大友良英さんの「自分のキャリアなんてどうでもいい」という
福島への決意を読んで、
ああ、今の私もそんな状態だなあと思ったりしながら、
ヨガで習った「無私」という言葉を思い出す。
でも、とりあえず来年1月にあるホスピスコンサートを忘れないように、
徐々に肉体も音楽に照準を合わせながら、
色んなことを軌道に乗せていきたいと思っている。

それにしても原発事故が悔しい。
おまけに余震や東海大地震も心配しないといけないなんて、
いまの時代に生きている意味を本気で考えてしまう。

目に見えないから、想像力を試されている。
この東京が安全なわけないし。
親として、ちゃんと子供を守れているだろうか。
今度もあの揺れに耐えられるだろうか。
そりゃ不安はつきないよ。

ときどき、夫婦して子供がいなくなる夢を見て、
(クロマニヨンは夢の中で悲しくなりすぎて、
朝起きたら目に血豆みたいなのが出来ていた。治ったけど)、
親として実は、今の状況に相当焦りやストレスを感じていることを自覚しながら、
ジジババも一緒に、人生の中でそう長くは無いはずの
「二世代同居時代」も悪くないなあと、
最近、本当に家族の大切さを噛み締めている。
価値観の違いでめんどうなことも多いけど、
いつになく団結しているのは、皮肉にも原発のせいなんだけど。

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