みえる、みえない 映画「ミルコのひかり」
先日は、「きこえる、きこえない」をテーマに舞台「R&J」について。
今日は、目の見えない少年が、
耳を開き、人生の扉をも開いていく映画「ミルコのひかり」を取り上げます。
この映画の主人公はイタリアに実在する盲目のサウンドデザイナー。
彼の少年期をドラマにしたものです。
1970年に10歳だから、自分より少し上の世代かな。
当時うちはオープンリールではなくて、すでにカセットデッキでしたが、
目が見える、見えないに関わらず、
「テープ」を使って録音する楽しさを発見していく過程は、
時代的に懐かしいというか、共感するものがありました。
そして、ここですごく大切なことは、
(ちょっと専門用語になりますが)、
アナログ機材は音の切り貼り作業(パンチイン/アウト)等が、
すべて「手で出来る」ということだと思いました。
ミルコが録音した「音」は、「テープ」という’手に触れられる状態’になっている。
これが、いまのデジタル・レコーダーになると、音がデータ化されるので手で触れられない。
編集画面で、音を視覚的に(あるいは数値として)作業していくことがほとんどです。
例えば、ボタンひとつで(オートで)録音できるICレコーダーは、
目のみえない人たちにも便利のようにも思えますが、
そのあとの編集作業は、かえって難しくなってしまった気がします。
(作業時に音声ガイドがあれば別ですが)。
テープ残量(録音可能な時間)ひとつとっても、手で確認できないのですから。
何より音がカラダを通って、自分が抱えるレコーダーに入っていくような、
音とカラダと機材の一体感には、アナログ的な作業が不可欠です。
ボリュームやフェーダーを動かす感覚だったり、
テープを動かしたり止めたりする時の「ガチャリ」というスイッチの手ごたえや音だったり。
自分が機材を動かしているという実感と、「手の感覚」から音を感じとる面白さと。
ミルコが夢中でテープを切り貼りしている編集作業のシーンは、
まるで楽器を演奏しているようでした。
現在の、目が見えるエンジニアたちが嘆く、
デジタル化によって、音に関わる作業が’視覚に偏りすぎている’という事実。
音がデータ化されてから失われたものが、あのシーンにはありました。
もっと耳を、手を、全身を使って音を探り出していくことが、
本来の音表現の喜び。
もしも、盲目の少年がデジタルレコーダーを使ったとしたら、
はたして音響デザイナーを目指しただろうかというのは、
大きなギモンでもあります。
映画の物語に話を戻せば、もうひとつの印象的なエピソードがありました。
この盲目の少年たちの中に、
先日の「R&J」手話通訳のような存在として、目の見える一人の少女が参加しています。
本人が自覚するとしないとに関わらず、みえるorみえない、少年たちの内と外をつなぐ役割を担う彼女。
彼女の存在が、盲目の少年達の音表現を飛躍的に広げていきます。
しかも彼女にとって、みえるorみえないということは、何の障害にもならない。
こどもゆえの、先入観のない、自由な心があるのです。
先日読んだサウンド・エデュケーションの論文では、
この映画には「「見えること」と「見えない」こと、「聴こえること」と「聴こえないこと」の拮抗が
描き出されている」と指摘されていました。
(2011 石出和也 「聴くことの場」を語るための言葉 (弘前大学)
見えないからこそ聴こえている音があり、
見えてしまうからこそ聴こえない音もある。
いま「見えている」自分の五感が本当に開かれているかは、
常に自問自答する必要があるのだと気づかされます。
そして、ひとりの開かれた耳が、他者の耳を開いていく。
耳だけでなく、心も、未来の扉も開けていく。
(このことは、ラスト近くで象徴的に映像化されています)。
それは、「みえる、みえない」という障害を乗り越えた少年の物語というよりも、
ひとりの気づきが、周囲の共感を呼び、新しい可能性を開いていく、
五感が開かれた人生の醍醐味とは何かを教えてくれる物語でもあったのでした。
「ミルコのひかり」
監督:クリスティアーノ・ボルトーネ
2005年 イタリア映画
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