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2012年3月19日 (月)

弘前にて②

Hirosaki_2012_3_2

弘前大学で開催された日本音楽教育学会の東北地区例会で、
サウンド・エデュケーションのWSをさせて頂きました。
今田匡彦研究室の一員として身が引き締まると同時に、3.11から1年、いま自分に出来ること、しなければならないことを模索してきた中で、
一筋の光が見えたような時間でした。

いやあ、それにしても。
私は昔からこの研究室にいたんじゃなかろうかと思うほど、
今田先生の懐は広く、同世代の文化を共有・継承できる同志としても心強いのです。
震災後に初めて研究室を訪れた時は、本当に救われる想いがしました。
ああ、ちゃんとここにあるじゃないか」と。
日本は狭いようで、広い。決して、モノトーンではないのです。
だからこそ、いま福島の色が放射能色に染まってしまったことは、
本当に心が痛みます。
あの地にも真摯に、「間違いないこと」に取り組んでいる人は、山ほどいるはずなのだから。

青森行きの日本列島は見事な晴れで、
上空からずっと、東京から東北の地を見ていました。
まだ雪が残る、墨絵のように美しい東北の山々。
それにくらべて、恐ろしいまでに込み入って息が詰まるような東京。
東京の街がここまで膨張しなかったら、
福島の原発だっていらなかったはずなんだ。
どうしてそんなことに、故郷である東京のあり様に、
今までの私は気づくことが出来なかったのだろう。

どこかの雑誌が「縮小する東京」みたいなネガティブな見出しをつけていたけど、
いま、本当に縮小しなくちゃいけないんだよ、東京は。
もっと身の丈にあった、ちょうどいい暮らしに切り替えていかないと、
この街はいつか、パンパンに膨らみきった風船のように割れてしまうと思う。

これだけの被害を出しても、どうしても変われない頭の固い大人たちがダメなら、
未来の大人たち、つまりは子ども達にそのことに気づいてもらうしか、
もう持続可能な社会を作る道は残されていないのだと、私は思ってます。

本当に、『ハチドリのひとしずく』なのは承知だけど、
私はそれを、芸術教育の分野に見出していきたいと思ってます。

弘前に来ると、わかるのは「人にちょうどいいサイズ」。
街も、人の数も、時間の流れも、何も無理がない。
大きすぎないし、多すぎないし、早過ぎない。
人も謙虚で、自然とも共存している。そして何より「静寂」がある。
静かなエネルギーをもらえる人と、場所。

ここにいる仲間たちと、本気で考えよう。
そして、自分なりに行動しよう。
せっかくの人生、後悔はしたくないので。

※WSの内容については例会報告後に発表します。
ご興味のある方は、個人的にメールでお問い合わせください。

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