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2012年10月の5件の投稿

2012年10月31日 (水)

世界を、歩く。(後編)

Bioregion_2 たとえば写真は、毎日のように通っている駅前の坂道。
ここが「分水嶺」だと先生から説明があるまで、まったく知らなかった。
そこにある’自然’に思いを巡らせたことが、子どもの頃から一度も無かったと言うべきか。
目の前の扉が開くように、いつもの風景の中に「新しい世界」が見えた瞬間だ。
道路の右側と左側で、「流域」が違う。
この道(分水界)を隔てて、遺伝子が大きく違ってくる生き物もあるのだという。

都市が、ほんの数センチのアスファルトに覆われてしまってから、川に蓋がされてしまってから、私たちはその「地形」や「生態系」を意識しなくなった。
けれども、隠されたといっても、それは消えてしまったわけではない。「想像する」ことで、いつでも目の前には、実際にある都市風景とは全く違った生きものたちの世界、自然が見えてくる。その感覚は、とても面白い。

都市の喧噪の中に小鳥のさえずりを発見した時のように、
耳を開いて、周囲のサウンドスケープがくっきりと聞こえてきた時とまさに同じ感覚なのだ。

駅前のデッキから坂道を眺めた時、サウンドスケープを理解するためには、
やはり「エコロジカルな感性」が必要なのだと思った。
ホールやスタジオに閉じこもって、ひたすら音を出す作業は、
もはや内側だけの音楽でしかない。
演奏者の技術や精神性の高みを目指す鍛錬には欠かせないが、
そこから先の「外側の世界」とつながるためには、
意識的に五感を開いて、世界を歩く経験が欠かせない。
それは「野外で音楽を奏でる」ということとも違う。
自然(宇宙)と調和する感性をもって、世界をとらえ直し、
音楽と向き合うということだ。

今回引率をしてくださった堂前先生は、科学者でありながら、
文系の学部に籍を置かれていることが興味深い。
学生時代に、あの「夢の遊眠社」にいらっしゃったという経歴も見逃せない。
実際にフィールドワーク中も、マンホールの音だったり、小鳥のさえずりだったり、
耳を使い、五感で都市をとらえながら歩いていく。
その時間はすでに、科学や音楽を超えた、
新しい学際領域の体験でもあった。
原発事故のあと、多くの科学者たちが「想定外」という「発想の限界」を口にしたのは、実は学校の芸術(音楽)教育にも責任があって、
そこにこそ未来への解決の糸口があるのだと、事故後ずっと考えている。
先日の学会でも、そういう発表をさせて頂いた。

センスが、開く瞬間。
日々を暮らす殺風景な都市の風景に、まったく新しい世界が見えてくる。
私は独りではなく、生きものと、自然と、確かにつながっていると実感する瞬間。
そこにこそ未来の希望がある。

「沈黙の春」で未来に警鐘を鳴らし、
芸術の根幹でもある「センス・オブ・ワンダー」の必要性を唱えたのは、
他でもない科学者のレーチェル・カーソンであったことも忘れてはならない。
シェーファーが、その教育内容から保守的な大学の音楽学科を追われ、
コミュニケーション学科で教鞭を取ったのは、もう40年も前のお話だ。

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写真左)都市の雨はマンホールの中に集まる。
この蓋に耳を澄ませば、いつでも水の流れる音が聞こえる

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2012年10月30日 (火)

世界を、歩く。(前篇)

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 そもそもシェーファーが生み出した「サウンドスケープ」という言葉は、実にやっかいだ。「音の風景」と訳されることも多いが、このポエティックな言葉を「思想」と受け止めるか、騒音問題など現実の「音環境」「音の地図」と受け止めるかで微妙にニュアンスが違ってくる。それゆえシェーファー(サウンドスケープ)研究が、「音楽」はもちろん、「環境学」「社会学」「コミュニケーション学」「教育学」「都市学」などなど、多岐の分野に渡る要因でもある。逆に言えば、「サウンドスケープ」という魔法の言葉を使えば、音楽は実に様々な学問領域と手をつなぐことができる。だから自分がどこに向かっていくのか、しっかり見極めないと迷子になる可能性も大いにある。

 おまけにシェーファーは「世界の調律』の中で「Acoustic Ecology(音響生態学)」という言葉も生み出している。もはや音楽は、音楽の内側だけには留まっていられない。その昔、数学や天文学と同じ領域にあった頃のように、音楽の’外側’(と思われている)世界と、耳(音)を通してつながる方法を思い出してしまったのだから。

 シェーファーとともにWSP(World Soundscape Project)で活動したカナダの女性作曲家ヒルデガート・ウェスターカンプは
40年にわたってサウンドウォークを続けている。
彼女の言葉を借りれば、「音響環境と人間との関係を把握」することで、
私たちの「エコロジカルな感性」は養われる。
「エコロジカル」という言葉も、これまた受け取る人によって様々な印象があるけれど、ここでは「自然と調和する感性」と捉えるべきだろう。

 結局、サウンドスケープは「世界を五感でとらえる」こと、
その感性そのものなのだと思う。
誰もがうるさいと感じる「騒音」はあることはあるけれど、
これが「正解」という調律方法がないのが「世界」なのだとも思う。
ある人にとっての「騒音」を素材とした音楽もあるし、
最近はBeatBoxのように人間が「声」のみで機械音を模倣する音楽もある。
音のカオスから自分だけの音楽を発見し、掬い上げる「耳」が必要な時代だ。

だからこそ、「沈黙」が尊い。
そこから聞こえてくるのは、体内の、地球の、宇宙の音楽だから。

と、前置きがすごく長くなってしまったのだけど、
今回はサウンドスケープではなくて、バイオリージョン(地域生態)のお話。
先週の土曜日に、和光大学市民講座「4つのエコロジー」にお邪魔して、
身体環境共生学科の堂前雅史先生が率いる「フィールドワーク」に参加した。
簡単に言えば、「人間様」の作り上げた都市や行政区域を「生きもの目線」で歩き、
自分の住む地域(世界)を新たな視点でとらえ直すという試み。
それは岸由二先生の「流域思考」につながっていく。

しかし今回は自然の中ではなくて、あえて都市の中を。
それはまさに、音のカオスから音楽を掬い上げる作業と同じ。
エコロジカルな感性、五感を養う体験なのだった。

(とここまで書いて、長くなりそうなので詳細は後編につづく)。

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2012年10月21日 (日)

耳を開こう。

Hammar1

サウンド・エデュケーション(中でもサウンド・ウォーク)でわかるのは、「みんな違う耳をしている」ということ。

同じ風景の中を歩いていても、聞こえてくる音、聴いている音が違う。

同じ世界に生きているのに、本当にそれぞれ違った音風景の中に生きている。

そんなことは薄々わかっていたはずなのに、実際に耳の記憶を分かち合う時、その違いにあらためて驚いたり、新しい発見をしたりする。

誰が正しいとか、えらいとかではなくて、
単純に「違うんだなあ」と思う。
音を表現する方法、その言葉や身振りや、「伝えよう」とする気持ちも全部含めて。

だけど「一緒にきく」という時間を通して、
「あ、今の鳥の声かわいい!」とか、「いまの車の音、残念・・・」とか。
不思議と同じ音に、みんなの耳が反応する瞬間がある。
間違いなくある。
年齢や性別やその人が生きてきた背景も越えて、
音は、確かにみんなの耳の穴から心を震わせ、
瞬間をわかちあった心は共鳴する。
ひとつになる。

だから言葉はいらない。
目と目を合わせて、にこりと微笑む、または顔をしかめるだけで、
人と人は、同じ音で、耳を通じてつながることができる。
「独りじゃないんだな」って、ちょっと感動する。

言葉を尽くしてもつくしても、つくしてもわかりあえない時、
少しだけ沈黙して、周囲の音に一緒に耳を傾けてみよう。
ふと聞こえた小鳥のさえずりや、草むらの陰で鳴く虫の声が、
お互いの耳と耳、心をつないでくれるかもしれない。
その音が素敵な音楽だったりしたら、感動もひとしおだ。

耳を開こう。
目の前にいる人と、世界とつながるために。

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2012年10月10日 (水)

学会にて

去る10月7、8日に東京音楽大学で日本音楽教育学会第43回大会が開催され、

「社会教育、環境教育、生涯教育」のカテゴライズで、

弘前大学大学院社会人研究生、町田市教育委員会生涯学習部嘱託職員として口述発表させて頂きました。

発表タイトル

 「内」と「外」をつなぐ柔らかな耳
         
~次世代のサウンド・エデュケーション 課題分析と実践から

当日の資料をもとに、学会誌等で論文発表する予定です。
ご興味のある方は、お気軽にメールにてお問い合わせください。

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2012年10月 1日 (月)

「想像力ワークショップ」にて

Tokyogas_1台風の合間の晴れ間に、新宿パークタワー内の東京ガスショールームで、親子対象の「音のワークショップ」をさせて頂きました。
80名近い応募の中から当選されたラッキーな16名の皆さんと一緒に、私も楽しい時間を過ごしました。
参加して頂いたみなさん、どうもありがとうございました。

今日は小さい子も多かったので、
「耳」や「音」の秘密や、「耳」を大事にするお話、

館内サウンド・ウォークで耳を開いてからは、
想像力を助ける音具も使用して
「音の森」も作ってみました。
「人間以外の生きものや自然」になって、
音でおしゃべりをしてもらったのですが、
最初はカオスだった音の風景が、
少しだけ「他者」を意識することで「調和」し、
心地よい音楽へと変化していく様子は、聞いている私も感動的でした。

「サウンド・エデュケーション」の最終目的には「音楽」があるわけですが、
シェーファーの唱える「音楽」は、そもそもピタゴラス学派にまでさかのぼる、
宇宙の「調和」という「考え方」であるとも言えます。
いつの間にか人間は、自然や宇宙を支配するという考え方に囚われて進んできたけれど、本来はもっと謙虚な存在だったのですよね。

五感を使って、自分の身の回りの世界を生き生きと捉えて、
命や地球にとって大切なことを直感的に感じ取れる大人になってほしいと思います。
一生懸命、貝の音や心臓の音を聞く子供たちの姿、可愛かった。
未来はまだまだこれからだなと思いました。

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