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2013年6月の1件の投稿

2013年6月 7日 (金)

「みえない」と「きこえない」のあいだで

6月2日まで青山ゼロセンターで開催された、
聴覚障害者の写真家・齋藤陽道さんの「せかいさがし」展へ。
今回で三度目の参加となる「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」のプログラムだった。

と、ここまでの説明で、すでに「障害者」という言葉を二度も使った。
ふと考えるのは、
はたしてあの場所に「障害者」はいただろうか、ということだ。
あの場所だけじゃない。
特にそこに芸術が存在する時、私は「障害」という言葉の持つ意味が、
本当にわからなくなる。
才能や感性を前にした時、もはや心身の障害はその人の個性でしかありえないからだ。

個性というのは、いわ
ゆる「個性的」という意味ではなく、
個の在りようだと私は思っている。

当日の参加者の関係性もいたってバリアフリーで、
いわゆる五感が正常に働いてい’健常者’、「きこえない」と「みえない」をつなぐ役割のはずの私たちは、
すでにその役割すら意識することもなく、
視覚障害の方に解説をしてもらいながら、
瑞々しい感性で切り取られた齋藤さんの「せかい」を感じ、
日常のすぐ傍にある、ちょっとした’異界’を楽しんだ。
そう、このワークショップで作品を案内するのは「みえない」彼らの方なのだ。

青山ゼロセンターは、ワタリウム美術館のすぐ裏にある民家を改装した古い建物で、
部屋ごとの敷居の段差は当たり前、
二階への階段は昔ながらの急な一直線(木が滑って盲導犬は苦労していたが)、
おまけに二階に上がると床は大きくぶち抜かれて、

一階の様子が丸見えの状態だ。
この空間のどこに「バリアフリー」があっただろうか?と思う。

けれども、だからこそ、普段バリアフリーな美術館で体験する鑑賞ワークショップよりも、
何倍も参加者の言葉の掛け合い、コミュニケーションがあったし、
その’不親切な空間’こそが、私たちと彼らをつなぐ大事なツールにもなっていた。
便利すぎる世の中は、人と人のつながりを薄くする。

下の写真は、一番後ろにいる齋藤陽道さんの前で、
参加者が自由に彼の作品について意見を述べ合っている場面。
齋藤さんには筆談者がついている。
「自分の作品が目の前であれこれ言われるのはどういう気分?」と聞いてみたら、
「聞こえないからふつう(笑)」という答えが、(筆記で)返ってきた。
彼の持つ何ともひらかれた
明るい雰囲気は’自由’そのもので、
ふと、インドに帰ってしまったヨガの先生のことを思い出した。

そしてこの日、3度目のワーックショップ参加で初めてわかったことがある。
取材者という、第三者の視点で場に関わったゆえの気づきもあった。

「視覚障害者とつくる美術鑑賞」での「晴眼者」である私には、
前述した通り、
外出支援ボランティアのような「役割」なんて、最初から無かったのだ。
初めて参加した時の「気負い」は、全くの見当違いだったということがわかってくる。

私たちは「みえない」彼らのアテンドのもと、作品の前で自由に意見を交わす時間を作ってもらって、
「解放」されていたのである。
人の眼を気にせず、思ったことを素直に口に出してみる。
知識をひけらかす場でもなければ、
尊い福祉の精神で成り立っている場でもない。
階段や床のちょっとした段差でお互いに声を掛け合うのは人として当たり前のことだし、
この場所で起きていることの意味は、そこではない。

おそらく参加していて無邪気に楽しいのは私たちの方で、
「みえない」スタッフのみなさんは、
細心の気遣いの中で参加者のアテンドに徹していらした。
この日、見学者/参加者と立場を変えて、二度ワークショップに参加してみて、
彼らの「プロフェッショナル」ぶりを目の当たりにするまで、気づかなかったくらいに。

さらに、このワークショップが今後、
教育ワークショップとしても大きな可能性を秘めていることを、
おそらく主催者よりも周囲の方が感じているとも思った。

「みえない」人たちと絵を観ること、「きこえない」人と音楽を聴く機会があってもいい。
無理だと思っていたことが出来た時、
この社会が様々な「思い込み」で成り立っていることに、
あらためて気づかされる。
それは今、教育の現場にも圧倒的に足りない’感覚’だ。

その頑なな殻を、ひとりひとりが大なり小なり破るきっかけを、
今回のワークショップは作ってくれた。

「みえない」と「きこえない」のあいだに立って、
ただそれは「違う」ということで、それ以上でもそれ以下でもないと、あらためて思いながら。

Photo

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