« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »

2015年2月の4件の投稿

2015年2月24日 (火)

大丈夫?赤ちゃんの耳

Hana_letter(このページを訪ねて下さったママたちへ)
アーティストといっしょに、ちょっと不思議で素敵な絵本の時間を過ごしませんか?ワークショップ「空耳図書館 おやこのじかん 」のご案内です。

私は耳鼻科のお医者さんではないけれど、
「耳を傷つけてはだめ」というM.シェーファーの教えを知ってもらうために、サウンド・エデュケーションのワークショップに入る前には、ママパパや子供たちに、
「耳の大切さ」についてお話させていただいてます。

以前こちらでもご紹介した「蝸牛」の絵を見てもらいながら、
耳の中にも小さな貝があるんだよ(自然界と同じだよ)、とか、
耳はとっても我慢強くて普段はなんにも言わないけれど、
あんまり大きな音をイヤフォンなんかでずっと聞いていると、
ある日突然「もう疲れた」って、
音を聞くのをやめてしまうこともあるんだよ、とか。

そうやって言葉で説明できる世代はまだいいのです。
今すごく気になっているのが「赤ちゃんの耳」。

最近は、野外フェスやコンサートでも子連れの人が増えたし、
BGMがガンガンに流れている109なんかのフロアでも、
ベビーカーを押したママたちを普通に見かけます。
そんな姿を見るたびに、「赤ちゃんの耳、大丈夫かな。。」と心配になります。

赤ちゃんは自分が興味のある音しか聴いていないし、
うるさい音でも好きならばストレスにならない、といった、
「都合耳」という言葉があります。
でも、これは「耳」ではなくて「脳」や「心」のお話。
鼓膜や内耳といった「機能」のお話ではないのです。
これを誤解すると大変。

だって、耳には「蓋」がついていませんよね?
見たくないものは「目を閉じる」という「目」とはここが大きく違います。
大人の耳だって、ロックコンサートの後で耳が「キーン」として、
なかなか元に戻らない経験をした方は沢山いらっしゃるのではないでしょうか。
スタジアム級のコンサートをするメジャーアーティストの耳が、
実は片方ダメになっているというお話もよく聴きますよね。
あれはおそらくモニターをイヤフォンで聞いているのと、
普段からレコーディング等で大きな音を耳に入れすぎているのが原因。
「職業病」だと思います。

赤ちゃんは、自分の耳が傷ついていてもたぶん気が付きません。
もし気づいていても、それを伝える言葉を持っていません。
ママやパパが赤ちゃんの耳を傷つけてしまっていても、
それに気づくことはもっと難しいかもしれません。

音は空気の振動です。
その揺れた空気が耳の穴から中に入って「鼓膜」を揺らすと、
その振動が中耳から内耳を伝わって脳に音情報として伝達されます。
ひとことで「難聴」といっても原因は様々ですが、
明らかに「音」が耳を傷つける場合、
最初に音を受け止める「鼓膜」が傷つくのです。
イメージとしては、大きな音はそれだけ鼓膜を強く押したり揺らしたりするから、
それをずっと続けていると、
鼓膜も音に負けないように厚くなったり固くなったりして、
だんだん揺れなくなってしまう(音を伝えづらくしてしまう)という感じでしょうか。
もっと怖いのは、思い切り叩いた太鼓の皮は破けてしまう。
そういうこと。
耳をたたくことも、大きな音を聞くことも、原理は同じです。
大きな音は「触覚」でもあるのです。

だから耳の中にイヤフォンを入れて音を聞くというのは、
本来ならば、耳が拾って穴を通ってくるはずの空気の揺れが、
ダイレクトに鼓膜に当たっている状態。
耳がどれだけ疲れるか、想像つくでしょうか?

耳は何も言ってくれない。
だから私たち「持ち主」が想像力を働かせて守るしかありません。
赤ちゃんの耳の責任は、周囲の大人たちにあると考えることが大切です。

最近は子供用の耳栓や、ノイズキャンセリング機能があるイヤーマフもあるそうです。
出来ればそういうものが必要な場所には、
子供の耳が出来上がるまでは連れて行かないのが理想です。
でもどうしても。。ということであれば、
赤ちゃんの耳を守る手段を得てから、どうぞお出かけくださいね。

| | コメント (0)

2015年2月19日 (木)

森の中をあるく

気持ちよく晴れた日に、10名ほどで「音のワークショップ」をさせて頂きました。人それぞれ違う「時間の感覚」を共有したり、森の中を歩いたり(サウンドウォーク)、音具で遊んだり(サウンド・エデュケーション)。普段あまり意識しない「きくこと」を再認識しながら、耳をひらくことで気づく日常の音風景(サウンドスケープ)を皆さんといっしょに楽しみました。
40年前にM.シェーファーが提唱した思想には世界を耳(音)から捉え直し、自分の内側と外の世界をつなぐ目的もあります。ヨガや禅の思想とも通じる静かで深い時間を手に入れるひととき。音を出す前にまず、音に耳をひらくこと。想像力を使って自分の想定の外に出てみること。自分と世界の調和、「つながり方」の基本に気づく、音楽教育を「外にひらく」試みでもあるのでした。
森の中を、ただ黙って一緒に歩く。その時間の尊さを私自身もあらためて感じたひとときでした。ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。

詳細はこちらからもご覧いただけます→

Photo_5

Photo_3

|

2015年2月18日 (水)

芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト サイト更新しました。

芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト サイト更新しました。

【TOPIC】
2月14日(土) 町田市ひなた村にてサウンド・エデュケーション
2月15日(日) 第2回ユニコムプラザさがみはら「まちづくりフェスタ」参加

子ども向けワークショップ 「空耳図書館のはるやすみ」の予告

2

|

2015年2月 8日 (日)

映画『パーソナルソング』

芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトサイトより転載しました)

今日は「立春」です。太陰太陽歴の24節気は季節の変わり目という宇宙のリズムを知る暦。同時に、人間の体内にも宇宙と同じリズムが刻まれ「内なる音楽」が流れていることに気づくきっかけも与えてくれます。

そこで『パーソナルソング』という興味深いタイトルの映画のご紹介です。初めにお断りとして、チラシのキャッチコピー「音楽がアルツハイマー病を劇的に改善させた!」は、残念ながらこの映画の’本質’を伝えていないかもと感じました。なぜなら、おそらくこの映画に興味を持った多くの人が期待するような「音楽で認知症が治った!」的な’健康映画’ではなかったからです。むしろ原題にある「ALIVE INSIDE」を「人と音楽」のつながりから見つめ、高齢者福祉や医療制度など生命に関わるさまざまな問題を提起した社会派ドキュメンタリーなのです。それでもやはり音楽が脳に与える影響ははかりしれず、同時に音楽の背景にある「文化の違い」を見せつけられる映画であることは確かでした。20世紀半ばのアメリカは自分だけの「エバーグリーン(不朽の名曲)」が数多く存在する「パーソナルソング王国」だったことがわかります。若い頃の文化体験がいかにその人の「内側」に影響するか、「歌」やそれに付随する幸福な記憶の有無は、これからのアメリカに限らず高齢者の生活を大きく変えるかもしれません。
この映画の中では、ヘッドフォンによって個々の好みの音楽を聴かせることを「音楽療法」と呼んでいました。脳にダイレクトに刺激を与え効果を得ようとするのは西洋医学らしい発想だなとも思いました。しかし「心」はもっと複雑ではないでしょうか。もしかしたら患者たちが見せる感動的な瞬間は、自分にヘッドフォン(音楽)を手渡してくれた人(外 OUTSIDE)の存在に気づき、孤独に苛まれていた心(INSIDE)が救われた瞬間なのかもしれないとも思うからです。それほど「老い」を嫌うアメリカの高齢者施設には孤独の空気が漂っていました。もし仮に音楽が認知症患者(の脳)に「効く」と医療で認定され全国の高齢者施設にヘッドフォンが薬のように配布されても、あの孤独が癒されない限り映画のような感動的な「効果」は得られないかもしれません。作品の最後に涙を流して「Thank you」とつぶやいた男性の感謝の気持ちは、やはり音楽の力そのものよりも、自分にヘッドフォン(思い出の歌を聴く機会)を与えてくれた「人」に対しての感謝の言葉ではないかと感じました。音楽は自分の内の世界(INSIDE)と外の世界(OUTSIDE)をつなぐ関係性なのです。ただしこれは筆者の個人的な見解です。音楽がただ音楽として、何の思い出も付随せず「鳴り響く空気」として存在しても、もしかしたら同じような結果が生まれるのかもしれません。むしろ音楽以前の「オト」であっても認知症に対して同じような’効果’があるのかもしれません。このコネクト通信でも高齢者施設の音楽療法ボランティア「歌う♪寄り添い隊」の活動をご紹介しましたが、あの活動の現場でも映画と同じような光景は見られました。しかし同時に「音楽を奏でる人、歌う人、寄り添う人」という和やかで幸福な場の雰囲気や関係性も見過ごすことは出来ませんでした。筆者がここ数年コンサートをさせて頂いてるホスピス病院でも、世代的な「流行歌」や「思い出の歌」には無表情だった認知症の方に同様の反応が見られることがあります。しかしCDで同じ音楽を流しても同じ反応は生まれるのでしょうか。CDデッキのボタンを押す人と患者との関係性も重要な要素ではないでしょうか。まるでサプリメントのように、ただ音楽のみの効果が検証されるのは芸術を「道具」に貶める危険性も含んでいます。

驚くことに世界は、あと数十年もすれば多くの国が高齢化するそうです。まったく戦争なんてしている場合じゃない。日本は世界一の「高齢化先進国」なのですから、本当の地球の未来のために他にやるべきことは山ほどあるはずです。今回のようなヘッドフォン療法だけでなく、生演奏やスピーカーからの「鳴り響く空気」を全身で受けとめる音楽、他者と音楽を共有し共感する場や時間の意義、オンガク以前のオト(自然音や環境音)そのものの力など、内側の生命と音楽の不思議な関係性について、個人的にもあれこれ思いを馳せる時間となりました。宮澤賢治が『セロ弾きのゴーシュ』で描いた「野ねずみのこども」の病気を治すシーンも思い出されますし、はたしてセロを弾いたのがゴーシュでなくても病気が治ったかはやはり未知数です。

Photo

| | トラックバック (0)

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »