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2015年2月 8日 (日)

映画『パーソナルソング』

芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトサイトより転載しました)

今日は「立春」です。太陰太陽歴の24節気は季節の変わり目という宇宙のリズムを知る暦。同時に、人間の体内にも宇宙と同じリズムが刻まれ「内なる音楽」が流れていることに気づくきっかけも与えてくれます。

そこで『パーソナルソング』という興味深いタイトルの映画のご紹介です。初めにお断りとして、チラシのキャッチコピー「音楽がアルツハイマー病を劇的に改善させた!」は、残念ながらこの映画の’本質’を伝えていないかもと感じました。なぜなら、おそらくこの映画に興味を持った多くの人が期待するような「音楽で認知症が治った!」的な’健康映画’ではなかったからです。むしろ原題にある「ALIVE INSIDE」を「人と音楽」のつながりから見つめ、高齢者福祉や医療制度など生命に関わるさまざまな問題を提起した社会派ドキュメンタリーなのです。それでもやはり音楽が脳に与える影響ははかりしれず、同時に音楽の背景にある「文化の違い」を見せつけられる映画であることは確かでした。20世紀半ばのアメリカは自分だけの「エバーグリーン(不朽の名曲)」が数多く存在する「パーソナルソング王国」だったことがわかります。若い頃の文化体験がいかにその人の「内側」に影響するか、「歌」やそれに付随する幸福な記憶の有無は、これからのアメリカに限らず高齢者の生活を大きく変えるかもしれません。
この映画の中では、ヘッドフォンによって個々の好みの音楽を聴かせることを「音楽療法」と呼んでいました。脳にダイレクトに刺激を与え効果を得ようとするのは西洋医学らしい発想だなとも思いました。しかし「心」はもっと複雑ではないでしょうか。もしかしたら患者たちが見せる感動的な瞬間は、自分にヘッドフォン(音楽)を手渡してくれた人(外 OUTSIDE)の存在に気づき、孤独に苛まれていた心(INSIDE)が救われた瞬間なのかもしれないとも思うからです。それほど「老い」を嫌うアメリカの高齢者施設には孤独の空気が漂っていました。もし仮に音楽が認知症患者(の脳)に「効く」と医療で認定され全国の高齢者施設にヘッドフォンが薬のように配布されても、あの孤独が癒されない限り映画のような感動的な「効果」は得られないかもしれません。作品の最後に涙を流して「Thank you」とつぶやいた男性の感謝の気持ちは、やはり音楽の力そのものよりも、自分にヘッドフォン(思い出の歌を聴く機会)を与えてくれた「人」に対しての感謝の言葉ではないかと感じました。音楽は自分の内の世界(INSIDE)と外の世界(OUTSIDE)をつなぐ関係性なのです。ただしこれは筆者の個人的な見解です。音楽がただ音楽として、何の思い出も付随せず「鳴り響く空気」として存在しても、もしかしたら同じような結果が生まれるのかもしれません。むしろ音楽以前の「オト」であっても認知症に対して同じような’効果’があるのかもしれません。このコネクト通信でも高齢者施設の音楽療法ボランティア「歌う♪寄り添い隊」の活動をご紹介しましたが、あの活動の現場でも映画と同じような光景は見られました。しかし同時に「音楽を奏でる人、歌う人、寄り添う人」という和やかで幸福な場の雰囲気や関係性も見過ごすことは出来ませんでした。筆者がここ数年コンサートをさせて頂いてるホスピス病院でも、世代的な「流行歌」や「思い出の歌」には無表情だった認知症の方に同様の反応が見られることがあります。しかしCDで同じ音楽を流しても同じ反応は生まれるのでしょうか。CDデッキのボタンを押す人と患者との関係性も重要な要素ではないでしょうか。まるでサプリメントのように、ただ音楽のみの効果が検証されるのは芸術を「道具」に貶める危険性も含んでいます。

驚くことに世界は、あと数十年もすれば多くの国が高齢化するそうです。まったく戦争なんてしている場合じゃない。日本は世界一の「高齢化先進国」なのですから、本当の地球の未来のために他にやるべきことは山ほどあるはずです。今回のようなヘッドフォン療法だけでなく、生演奏やスピーカーからの「鳴り響く空気」を全身で受けとめる音楽、他者と音楽を共有し共感する場や時間の意義、オンガク以前のオト(自然音や環境音)そのものの力など、内側の生命と音楽の不思議な関係性について、個人的にもあれこれ思いを馳せる時間となりました。宮澤賢治が『セロ弾きのゴーシュ』で描いた「野ねずみのこども」の病気を治すシーンも思い出されますし、はたしてセロを弾いたのがゴーシュでなくても病気が治ったかはやはり未知数です。

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