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2015年12月の6件の投稿

2015年12月29日 (火)

「キクミミ研究会~身体×音の即興的対話を考える」こころみ

1_7_3仕事納め、ではなく既に数年後を見据えた仕事始めです。

横浜にある福祉作業所カプカプにて隔月で実施されている新井英夫さんの身体ワークショップを見学させて頂いたことをきっかけに、水面下であたためていた「キクミミ研究会〜身体×音の即興的対話を考える(仮)」が、いよいよ始動しました。
これは文字通り「身体と音」の関係性、非言語コミュニケーションの可能性を追求する芸術活動です。 野口体操、サウンド・エデュケーション、ヨガ等それぞれの身体性や思想の共通性や違い、 アフォーダンスに迫りながら、ダンス、音楽の「表現活動」を超え、 日常の延長線上にある芸術とは何かを、自らの身体や行為を通して、ノンバーバルな対話から考えていきます。 初日は非常に多岐に渡って、それぞれの背景をコトバで知ることから始め、 後半2時間は鈴や新聞紙を使った実験的な対話を重ねました。

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ここでの時間が作品のみならず、次世代や他分野のアーティスト、福祉や医療現場、哲学や教育など、 さまざまな場につながっていくことも想定しながら、今後の展開をたのしみながら進めていければと思っています。
そして この日は偶然、新井さんから「蓮の花のひらく音をきいた人に会ったことがある」というお話が出て、私がなぜ、2011年以降にサウンド・エデュケーションの研究を始めたのか、 いきなりその核心に迫るお話をさせて頂くことから全てがスタートしました。
カナダの作曲家・M.シェーファーと弘前大/今田匡彦氏の共著で、 日本の子どもたちに向けた音のワークショップの本『音さがしの本~リトル・サウンド・エデュケーション』には100の課題があります。 その63番「花びらがゆっくり開く音」では、まさに上野不忍池の蓮の音について触れ、「花びらがゆっくり開いていく音をきく」すなわち「現実の外に出る」ことが課題となっているのです。
2011年春以降、科学者たちが平然と口にする「想定外」というコトバに、そしてそのコトバを受け入れていく社会に、私は大きな衝撃を受けていました。ヒトの想像力の「限界」はなぜ生まれるのか。想像力の限界を持つ科学者をつくる教育の在り方、何より芸術の役割について本気で考えたいと思いました。
そんな時にシェーファーの『世界の調律』をあらためて読み返し、その思想を知るためのサウンド・エデュケーションに、「耳」から「想定外」を学ぶ方法論を、もっと言えば「希望」を見出しました。そして2011年の秋に、弘前大の研究室の門を叩いたのです。 この「蓮の音」については現在も推敲を重ねながら、自身の研究の原点として毎年少しづつ記事にしています

この5年近くは、内と外をつなぐための「コトバ」の構築に全霊を傾けてきましたが、先日のJan&Angelaとの出会い、そして福祉や教育の現場で、また最近では医療や音楽大学でも数多くの現場を重ねる身体のスペシャリストであり、若尾裕先生とも親交のある新井さんと、この時期にご一緒できたこともまた偶然の必然と考えています。私自身が音を奏で、即興的な対話を通して、自らの「身体とコトバ」をつなぐ時期に入ったのだと感じています。

この研究会で使う「きく」には「聴、聞、訊、問、尋、利、効・・・」などの意味が、そして「みみ」には「耳、未、魅、美、身、味・・」など、さまざまな意味が込められています。目的的ではなく、深く軽やかに、身体と音の対話を重ねながら、その先に何が生まれるのかを当事者たちも楽しみにしながら、丁寧に進んでいきます。そして皆さんともぜひ、「想定外」を分かち合えるような場もつくっていけたらと思っています。

「あそび」を忘れずに、生きるための術として、
そして内と外を柔らかにつなぐ関係性としての「芸術」をめざして。
(写真)新井さんとアシスタントの板坂記代子さん。

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2015年12月28日 (月)

アーツ千代田3331レジデンス・アーティスト Jan&Angelaと過ごした一週間日記③

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【12月20日】まさに日本晴れの日曜日。夏にはバンクーバーで開催されたウェスターカンプのサウンドウォークにも参加したJanの提案で、三人でサウンドウォークをすることになった。場所は私の提案で原宿駅から明治神宮内を。ここは自然音から周辺音、静寂から街の喧騒まで、まさに「内と外」のサウンドスケープが聞こえ、そのダイナミックレンジがとても面白い場所だからだ。

4_2もちろん、日本文化との交流目的でスイスから来日した二人にとっても適した場所だと考えた。若者の話し声やディジュリドゥの生演奏が響く原宿駅前のざわめきを抜け、鳥居という「結界」を越えてからは「ひとことも話さない」ことをルールに、サウンドウォークをスタートさせた。砂利を踏みしめる音、野鳥の囀り、そして国際的な観光地らしく世界各国の言語が飛び交い、徐々に杜の中の音が目の前に立ち現れてくる。国籍と足音にも違いがあるように思えた。JanとAngelaはメモを取りながら、時折立ち止まって定点観測的にレコーダーで記録していた。特に手水場の水の音にはとても惹かれているようだった。

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境内に入ると日曜日ということもあって結婚式が行われていた。神殿では年末の大掃除なのか、白い装束の人たちが大勢で柏手を打っている。そして大太鼓の音。奥からは結婚式の太鼓が聞こえている。賽銭を投げる音。和服を着た小さな女の子の草履の中に鈴が仕込まれていて、彼女が歩くたびに鈴がチリチリとかわいい音を立てていた。

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境内を抜けると、初詣の準備を始めている職人さんたちの話し声。しばらく歩くと新宿に面して広大な広場がひろがっている。足元が砂利から芝生になり、時おり枯葉を踏みしめてみる。立ち止まると一気に静寂が広がる。芝生でくつろぐ中国人家族の話し声。耳をすますと周辺の車の音、ヘリコプターの音が通り過ぎる。小さな子どもがふたり、細い木の枝で幹を叩いて遊んでいる。その行為はまるで演奏のようだ。いや、先日のパフォーマンスのようだと思う。
しばらく進むと、武道場から規則的な稽古の掛け声が聞こえてきた。私はすぐにそれが武道の稽古とわかったけれど、ふりかえりの時に聴いたら、Jan&Angelaには最初それが何の声かわからなかったという。喧嘩をしているような、ミニマルミュージックのような・・人の「掛け声」の意味を聴き分けられるのは、文化的背景なのだということを知る。弓道の長い弓を持った女子高生たちが芝の上の通路を並んで通りすぎていく。その姿もまたパフォーマンスのようだった。広場の池の前にある大きなパワーストーンとして有名な「亀石」の前では、ひとりの女性がライヤーをつま弾いていた。小さな弦の音が二度、聴こえた。

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ふたたび杜の中へ。静寂。砂利を踏みしめながら歩いていると、向こうから一組のカップルが歌をデュオしながら歩いてくる。通りすがりに女性の方が「子どもの頃に合唱団に入っていた」と男性に話していた。幸せそうな歌声が遠ざかっていく。耳をすますと、木々の間から風鈴のような鈴の音が時おり聞こえてくる。頭上からはカラスの鳴き声。グループ分けされているのがわかる。興味深いことに、二人には「インコ」の鳴き声が聞き分けられていたという。しばらく進んで森の端に来ると、原宿駅構内のアナウンスや発車音が聞こえてくる。見えないけれど存在している外側の世界の存在。しばらく進んで参道との合流点にくると、突然、人の声や砂利道を踏みしめる音が渦になって沸き立っているような感覚を経験した。これは私だけでなく、JanもAngelaも合流点で同じ感覚になったという。まるで「音の渦」が見えるようだった。
そのまま再び参道を歩き、出発地点の鳥居で二時間ぶりに会話をする。不思議なもので2時間もコトバを交わさなかったという感覚がない。むしろ同じ時間を共有しながら、対話をしながら歩いていたように思う。Angelaが「メディテーションのようだった」と言っていたけれど、三人は「きく」ことによって確かに非言語コミュニケーションをとっていた。

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ふり返りのカフェに入ると「森の中でひらいた耳」が周辺音を必要以上に拾ってしまうことに自覚があった。特に、カフェの店員さんが椅子を動かす音が何とも耳障りだと感じてしまう。サウンドウォークの後は本来は一定の「耳のクールダウン」の時間が必要なのだ。
お互いのメモを見ながら採取した音について話す。「音」や「きく」を切り口に、話題は建築や風水や占星術など、非常に多岐に渡った。Janはもともとクセナキスからスタートした現代音楽の作曲家で、哲学ではフッサールの現象学から特にメルロ・ポンティの身体性に興味を持っていた。今回は録音のほかに、記譜のような音の図形記録も多々みられて興味深かった。彼らが旅してきたキューバやインドの音風景との違い、スイスと東京の時間感覚の共通性、そして何よりJan&Angelaという似て非なる二人の関係性が生み出す世界感が私にはとても居心地がよかった。偶然にして、必然の出会いだったと感じている。
こうして年末に、スイス人アーティストJan&Angelaのコラボレーターとして突如過ごした一週間が、幸福な時間と共に終わった。久しぶりに遠くまで旅をした気分だった。もともとN.YのOrchard社がいち早く作品の世界配信を提案してくれたり、私自身も国籍を越えると途端に居心地がよくなるタイプのアーティストなので、この感覚は本当に久しぶりだった。それは日頃いかに自分が、ある種の「生き辛さ」を抱えて生活しているかという自覚でもあった。特にここ最近の社会の空気には芸術家としての息苦しさを感じていた。彼らとの出会いは、この5年間ずっと考えてきた「内と外の関係性」、またサウンドスケープ思想そのものの可能性を自らの身体を通して確信する良い時間だったと思う。サウンドウォークは非言語コミュニケーションのツールとしても機能する。
そして何より、2011年から距離を置いていた「音を出す」行為そのものを、彼らとの即興演奏で内側から解き放っていくことができた。2013年から世界を旅しながら異文化交流を通して作品を作り続ける彼らのプロジェクトが、2015年の末に想いがけず私の中のオンガクとつながって、素敵なサウンドスケープが生まれたことは奇跡のようだと思う。
海外に出る機会が減ってしまっても、各地のアートセンターには思いがけず多くのレジデンス・アーティストが海外から滞在している。そして彼らは、現地のアーティストや日本文化との交流を強く望んでいることは意外と知られていない。普段からアートセンターに足を運び、またネットをチェックしながら、興味を持ったアーティストには積極的に交流していくような習慣が、日本のアーティスト内にも定着するといいなと思う。その「コネクト活動」から予期せぬ面白い展開がたくさん生まれそうな気がしている。
Jan&Angelaは今ごろ京都に向かっていることだろう。来年のプロジェクトはトルコを予定しているという。大切な友人たちの夢のためにも、今は世界の平和を願わずいはいられない。

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アーツ千代田3331レジデンス・アーティスト Jan&Angelaと過ごした一週間日記②

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【12月18日】公演翌日は新井英夫さんにレジデンスに来て頂き、Jan&Angelaに野口体操の基礎を教えてもらう。全国各地の福祉や教育の現場で身体を通したワークショップを展開する新井さんとは、さまざまな「きく」をテーマに「身体×音」の即興的対話を考える研究会を始動することになっている。今回は地方出張が重なり公演出演は叶わなかったが、Jan&Angelaのアプローチとこの研究会も非常に親和性が高いと感じていた。
新井さんが野口三千三氏から直接教えられた身体哲学を、実際に動きながらみんなで体験してみる。重心の「崩し方」から始まり、空気のように薄い(でも強い)和紙を使ってのワークは、サウンド・エデュケーションの紙のワークとも非常に近いアフォーダンスで、身体の延長線上にある「紙と一体化」する動きを体験する時間となった。自身が紙となり、風に吹かれて飛んでいくイメージを、紙を持たずにつくっていく。美しく、しなやかで、でも丈夫な和紙の存在は、野口氏が求めた身体の在り方そのものかもしれない。

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その後は4人で即興セッションとなった。特にもともと西洋的な身体を持つJanの動きが、短時間で格段と柔らかくなっていることが興味深かった。西洋は石の文化、東洋は布(紙)の文化といった誰かのコトバを思い出す。「内と外を柔らかにつなぐ耳」という自身の研究テーマとも、あらためてつながっていく。数時間であっという間に打ち解けることが可能な即興セッション。身体と音の非言語コミュニケーションの力をあらためて実感する。

そしてJanからの提案で、日曜日にはいよいよサウンド・ウォークに出かけることとなる。③へつづく。

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2015年12月26日 (土)

アーツ千代田3331レジデンス・アーティスト Jan&Angelaと過ごした1週間日記①

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◎考察レポートは後日、CONNECTサイトに掲載します

【12月10日】
2013年のキューバ、2014年のインド、そして東京と、世界を旅しながら身体と音の対話、異文化交流の相互作用から作品をつくるプロジェクトを展開しているスイス人アーティストJan&Angelaのオープン・スタジオを訪れる。この場が彼らのプロジェクトのコラボレーターを探す目的であることは事前に知らされていた。会場に集まった英語もネイティブで西洋的な感性を持つ若手のダンサー達には、彼らの抽象的で’哲学的な’手法には戸惑う様子も見られたが、自身の世界とは非常に親和性の高く、幸運な出会いだったと思う。特にアンジェラの中には、とてもオリエンタルな感性が存在していると感じた。案の定、ベジタリアンでもある彼女は子どもの頃に2年間、地質学者である父親の仕事の関係でネパールで暮らしたことがあるという。コトバを交わす前から、お互いの世界にシンパシー(共感)を感じた。むしろ、西洋クラシックの現代音楽家Janとどこまで分かち合えるかが当初は不安だった。

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【12月14日】リハ初日がスタートする。身体の石井順也君を含む4人で相手の世界を「知る」時間が始まる。「探る」というべきか。意外にも大学でインタラクション技術を教えるJanの選択する‘音質’や‘間(ま)’が、私の有機的な音や体内モジュールと相性がよく、水と油だと思っていた世界感に化学反応が生まれて、お互いに手ごたえを感じることができた。聴けばJanも、この夏にカナダ(バンクーバー)のH.ウェスターカンプのサウンドウォークにも参加していて、サウンドスケープや哲学にも造詣が深かった。メルロ・ポンティの身体性にも大きな影響を受けているという。アウトプットは違っても、実はお互いにとても近い感性だったし、ぜひ弘前の研究室にもつなげたい音楽家だと思った。4時間近いリハの後は上野のファミレスで、今度は4人によるコトバの「対話」が夕方まで続いた。彼らのプロジェクトのテーマは「フラットな関係性と対話」によってお互いを違いを知りながら、相互作用によって作品をつくっていくことだ。それはふたりの「夢」であり、終りのない「ライフワーク」なのだと語ってくれた。
初日のキーワードとして「Respect(尊重すること)」「Careful(細部まで気を配って)」「Relationship(関係性)」「Primitive(原始的、転じて作為のない)」等が抽出される。

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【12月15日~16日】舞踏的身体をもった長屋耕太君が合流する。彼の動きが加わることで、また違ったサウンドスケープが生まれる。このリハの間、Jan&Angelaからは頻繁に「Inside/Outside」「Connected]というコトバが聞かれて、なんだか不思議な気持がした。この5年間、とにかくずっと考えてきたことが、遠くスイスにいる彼らとつながっていたという感慨深さというべきか。彼らとのセッションはきっとうまくいくだろうと確信が生まれる。
私自身、幼い頃からずっとピアノの前に座っていた。ずっとそれが当たり前だと思っていたが、2011年3月以降、「関係性としての音楽」として、身体の在り方にはジレンマを感じていた。今回、動きながら音を出すことで心身がつながり、ピアノを弾く時よりも素直に音そのものに集中できた気がした。そして自分の身体は、この7年間のヨガの動きと呼吸が基礎になっていると、あらためて実感した。とにかくセッションでは汗をかくほどよく動いた。壁も床も自らの肉体も全て楽器にして、「私=音」になると決めた。全身筋肉痛。
(写真)ヤンと私の音具の選び方(の違い)が面白い。壁がインスタレーションのようになっていた。

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【12月17日】静寂が保たれたギャラリーでのリハーサルとは違う3331のオープンなコミュニティ・スペースでの本番。「小さな音」が聞こえるかが不安だったが、「客席に‘聴かせるための’大きな音」を意識せず、5人の関係性やコミュニケーションをまず第一に大事にするという共通認識のもと、即興パフォーマンスが始まる。
Jan&Angelaの20分程度の作品「one hand clapping」につづき、短い即興ピース3本をつないだ40分ほどの作品に出演する。本番でどんな楽器や音を使用するか、ヤンとは一切打合せをしなかった。私の(音の)今回の最大の試みは、弘前研究室での「紙のワーク(サウンド・エデュケーション)」を応用したヤンとの新聞紙デュオ、そして紙風船の’演奏’だ。身体性や紙質、呼吸や紙そのものの状態によって生まれる音のバリエーション、「オンガク」の可能性を感じとってもらうこと。実は「紙のワーク」はシェーファーのサウンド・エデュケーションの課題でもあることはヤンにも伝え、一度リハでのセッションを試している。当日使うかどうかの話し合いはしなかったが、ヤンも気に入っていたし、視覚的効果も面白いので、私自身は弘前研究の実践も兼ねて本番でも使ってみようと決めていた。

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全体のクライマックスでは、床や波紋音を使ったパルスの質感や音量のダイナミックレンジ。そのほか、3日間のリハーサルでも実験した全員でのボイスパフォーマンス、アンジェラとのデュオ等も取り入れることが出来た。
2015_12_17_1若いダンサー二人は‘関係性の模索’を繰り返しながら、それぞれの世界感を表出していった。身体性の違う日本人男性のコンビネーションは、もしかしたらお互いにやり難さもあるのではと懸念したが、そこにJanやAngelaが絡むことで、新しい関係性の物語を生み出していた。
とにかく全編即興の非常に集中した時間だったので、出演者は周囲の音が気にならなかったが、客席には周辺音を含み様々な音が聞こえていたことだろう。客席には他国からのレジデンス・アーティストもいて、終演後の感想では皆さんとても気に入って頂いたようだった。
とにかく、5人がノンバーバル(非言語)コミュニケーションで、しかも即興でひとつの世界感を創り上げることは驚きをもって受け止められた。そしてこれこそが、音(音楽)や身体(ダンス)の醍醐味だし、その可能性は今後も追究したいし、伝えていきたいと私も思った。しかしノンバーバルといっても、そこにはやはり身体や感性の‘共通言語’は必要で、それを’対話’や‘相互理解’と言い換えることも可能だと感じた。結果はどうであれ、今回のキーワードとなった‘Respect’する、お互いを尊重し、知ろうとする努力が欠かせないというか。時おり本当に心の「しん」とした部分から生まれてくる’シンパシー(共感)’とは何だろうかと考えてみると、それもやはり’間(ま)’の中に立ち現れているように思えた。
今回のパフォーマンスは、Jan&Angelaの意向もあり、始め方も終わり方も決めていなかった。その中で5人が(気配や雰囲気)を感じ取り、自然に始まり、終えることが出来たのは「Agreement(合意)」という唯一の「約束事」が存在したからである。「終わった」という「間(ま)」を感じ取れるかどうか。そこまでの関係性がたった3日間で築けたか否かの実験でもあった。もちろんそれは、日本社会の中で恐ろしく誤解されがちな「空気を読む」という‘自己を抑え込む’歪んだ関係性とは全く違う。全員がニュートラルに、自然体でパフォーマンスをしながら、コトバを使わずにずっと「対話」をしていた。それは‘誰かに見せる’ための‘表現’とは明らかに違う質感や時間だったと思う。そしてそれこそが、2011年以降ずっと自身の世界に求めていたサウンドスケープだった。
また映像が編集されたら、ここで起きた対話の時間を考察してみたいと思う。

彼らとのセッションはこの夜までの予定だったが、会場に身体表現の新井英夫さんが来て下さったことで、急遽プロジェクトが展開する。身体と音の対話をめぐる旅は、続くことになった。

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会場:アーツ千代田3331
日時:2015年12月17日

出演:Jan&Angela、ササマユウコ、石井順也、長屋耕太
「音を奏でる身体―動く音響」

写真:一番上(C)2015Arts3331chiyo
そのほか(C)2015 CONNECT 
※全ての写真の無断転載を禁じます。

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2015年12月15日 (火)

sounding bodies-moving sounds アーツ千代田3331に出演します

【17日19時@アーツ千代田3331 ササマユウコが出演します】

Janangela

人との出会いは本当に不思議なもので、現在、横浜の福祉作業所カプカプを軸にダンサーの新井英夫さんと「身体と音の対話」プロジェクトを水面下で進めているのですが、それと全く同じようなことを考えている(のに、アプローチが結構違う)二人がちょうどスイスから来日し、アーツ千代田3331にレジデンスしています。それで昨日お話を伺いに行ったのですが、実はその場は彼らが即興コラボレーションの相手を探す目的もあって、特にダンサーのAngelaとは何となく最初から親近感もあって、17日公演の「音」の対話相手として選んで頂きました。私自身にとっても色々な意味で2011年以来の「現場復帰」です。といってもあくまでミュージシャンではなく、「即興的な音の対話」相手として、非言語コミュニケーションや関係性を提示し共有する仲間として、日本人ダンサー石井順也さん、長屋耕太さんと共に参加します。お時間ありましたらどうぞ足をお運びください。
月曜からリハ開始。インド、キューバを巡ってきた彼らのワークイン・プログレスに参加します。

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(左写真はオープンスタジオの様子。ふたりのパフォーマンスから感じたこと、考えたことを自由に対話します)。

one hand clapping
sounding bodies-moving sounds
パフォーマンス「ワンハンド・クラッピング(片手で拍手)」および
「音を奏でる身体ー動く音響」
日時:2015年12月17日(木)午後7時より(約1時間)
場所:アーツ千代田3331 1F コミュニティ・スペース
入場:無料
オープニングレセプション:午後8時から9時
パフォーマンスの後、ささやかなパーティあり。

スイスの芸術家Jan Schacher (サウンドアーティスト、インタラクション技術者)、Angela Stoechklin(ダンサー、振付師)は二つの芸術形式の間に相互作用を起こすべく取り組んでいます。この作用で、身体は楽器の役割を担うことができ、音は物理的な形態を得て動作パターンを表現します。異文化のコンテクストの中で彼らの長期にわたるコラボレーションシリーズを公開することにより、相互作用とコミュニケーションの問題は、複数のレイヤーにわたって深く探求されるでしょう。(フライヤーより)

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2015年12月 1日 (火)

アートミーツケア叢書2『生と死をつなぐケアとアート~分たれた者たちの共生のために』

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以下は、アートミーツケア学会会員である筆者の個人的なナラティブを交えた〈非学術的な〉感想文です。

●本書の詳細についてはこちらを ご覧ください。

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 「そういう年齢になった」と言い切ってしまうにはあまりにも「生」や「死」について考えたり、話したり、何より「聴く(語られる)」ことの多い一年だったと思うし、その状況はいまも続いている。しかもその「生き死に」は私の内側ではなく外側の世界だけれど、まぎれもなく同じコミュニティに属する者として、普段は特に意識せずに「自分とつながっている人たち」の物語でもある。
 もともと筆者自身も出産事故で命を落としかけていて、心身ともに「死」を経験したような感覚が残っている。明らかにそこに今の自分の死生観があり、「死」に対して抱くのは「恐れ」よりも「畏怖の念」である。むしろ本当に「怖れ」ているのは、両親を始め、自分の内側の世界にいる身近な人たちの「死」であり、それを引き受けていく度量が自分にあるだろうかという「心許なさ」だったりする。
 昭和の新興住宅地には驚くほど「死」の影が見当たらない。バスの乗客が90%は高齢者だと感じてもシルバーシートだけは空席という状況なので、住人たちにも「老い」という時間の流れが自覚され難い環境なのかもしれない。同じ住宅地に暮らしていても、いつの間にか姿を見かけなくなったと思ったら、その人の「死」にまつわる手続きが済んでから回覧板で告知され驚くということもめずらしくない。子どもの頃はまだ町内で「葬儀の手伝い」もあったと記憶するが、今は本当にない。亡くなった場所が病院や高齢者施設ではなく自宅であっても、葬儀は家族だけでひっそりと斎場で行われ、周囲が気づかないうちにその人の痕跡が消されていく。中には旧い友人が久しぶりに家を訪れたら、自宅がすっかり更地になっていたり、売りに出されたりしていて驚いたという話もきく。入所した施設がわかっても、個人情報の関係で電話を取り次いでもらえない。ある日突然、本人の意志とは関係なくコミュニティからつながりが断たれてしまうのだ。
 その一方で、「徘徊する人」を探すアナウンスが時おり防災無線で市内に一斉に流される。たとえば、「〇○町にお住まいの〇〇さん76歳が、昨夜9時から行方がわからなくなっています」といった具合に。耳にしてしまった方は朝から何となく落ち着かない。特に「無事に戻られました」のアナウンスがあるまでは、心のどこかで見ず知らずの「〇〇さん」が家に戻ったか否かを気にしている。「戻られました」のアナウンスが無いと、その背後に隠れた「死」すら想像してしまう。しかし一方で、すでに耳の遠くなってしまった在宅の高齢者たちには、そのアナウンスも届いていない。2011年3月末に、子どもの頃に暮らした都市郊外に拠点を移してから、本当に何度も耳にしているアナウンス。かつてみんなが想像した「未来」からは想定外の「サウンドスケープ」が新興住宅地を包み始めている。
 阪神淡路大震災でのボランティア経験から哲学者・鷲田清一氏が提唱している「臨床哲学」が通奏低音にあるアートミーツケア学会に、縁あって東日本大震災後から所属している。昨年訪れた奈良・たんぽぽの家が母体になっていることも大きいが、それ以上に「いま、私が学びたいこと」がここにはあると直感的に思っている。案の定、学会には弘前の研究室をはじめ現在の研究テーマとつながる人も多く、2011年以降、今井裕子として主に日本音楽教育学会で研究発表を続けてきた「内と外を柔らかにつなぐ関係性」としてのサウンドスケープ思想や、実践考察の一環であるCONNECT/コネクトの芸術活動は、これからさらにケアや臨床哲学ともつながっていくだろうと予感している。
 この叢書2は「共創」の場としての寺、表現者の言葉として映画監督・河瀬直美、南三陸町のアートプロジェクト、都市コミュニティの拠り所「芝の家」、「亡くなりたいと欲している身体」や人と対峙するホスピスケア、瀬戸内国際芸術祭の国立療養所大島青松園での取り組み「つながりの家」といった様々な事例を、当事者たちのインタビュー、つまりは「内側からの言葉」で興味深く紹介されている。もちろん紹介されている事例報告は、その先にある「死」を考える入り口であり、ひるがえってそれは「生」を考えることとなる。内と外がつながり、日常(生)の地つづきに非日常(死)があるのだと気づく「媒体」としてのアートの役割とは何か。自己を表現する芸術作品のみならず、「アート」とは本来「生きるための技」なのだと気づくことで「救われる」こと。「ケアとアート」は不可分であるからこそ、過去も未来も視野に入れた「長い時間軸」で人生を捉え直し、「見えないもの」に畏敬や畏怖の念を抱きながら、その両方から生きる知恵を学ぶ。人生は「私」を超えた想定外の連続性だと受けとめ、謙虚に生きることの大切さを知る意義は大きい。
 あれから5年が経とうとしている今も、「想定外」というコトバを耳にした時の衝撃が忘れられない。自然(身体)を畏れない、という芸術と切り離された近代以降の科学の思考回路が正直「怖い」と思った。料理のように細胞を組み換え、子どものような無邪気さでヒト型ロボットを組み立て、不老不死すら実現しようとするその「万能感」に、生きものとしての危うさや不自然さを感じてしまう。その感覚は時代遅れで無知だと言われるならば、私はそのコトバを甘んじて受け入れたいと思う。
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〇本書を読み終えた直後、水木しげるさんの訃報を知りました。妖怪を通して「外側の世界」の存在を、また失った片腕から戦争の恐ろしさを教えてくれた貴重なアーテイストの死。昭和がまたひとつ終わったのだと思いました。ご冥福をお祈りします。
 

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