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2015年12月26日 (土)

アーツ千代田3331レジデンス・アーティスト Jan&Angelaと過ごした1週間日記①

Open_studio

◎考察レポートは後日、CONNECTサイトに掲載します

【12月10日】
2013年のキューバ、2014年のインド、そして東京と、世界を旅しながら身体と音の対話、異文化交流の相互作用から作品をつくるプロジェクトを展開しているスイス人アーティストJan&Angelaのオープン・スタジオを訪れる。この場が彼らのプロジェクトのコラボレーターを探す目的であることは事前に知らされていた。会場に集まった英語もネイティブで西洋的な感性を持つ若手のダンサー達には、彼らの抽象的で’哲学的な’手法には戸惑う様子も見られたが、自身の世界とは非常に親和性の高く、幸運な出会いだったと思う。特にアンジェラの中には、とてもオリエンタルな感性が存在していると感じた。案の定、ベジタリアンでもある彼女は子どもの頃に2年間、地質学者である父親の仕事の関係でネパールで暮らしたことがあるという。コトバを交わす前から、お互いの世界にシンパシー(共感)を感じた。むしろ、西洋クラシックの現代音楽家Janとどこまで分かち合えるかが当初は不安だった。

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【12月14日】リハ初日がスタートする。身体の石井順也君を含む4人で相手の世界を「知る」時間が始まる。「探る」というべきか。意外にも大学でインタラクション技術を教えるJanの選択する‘音質’や‘間(ま)’が、私の有機的な音や体内モジュールと相性がよく、水と油だと思っていた世界感に化学反応が生まれて、お互いに手ごたえを感じることができた。聴けばJanも、この夏にカナダ(バンクーバー)のH.ウェスターカンプのサウンドウォークにも参加していて、サウンドスケープや哲学にも造詣が深かった。メルロ・ポンティの身体性にも大きな影響を受けているという。アウトプットは違っても、実はお互いにとても近い感性だったし、ぜひ弘前の研究室にもつなげたい音楽家だと思った。4時間近いリハの後は上野のファミレスで、今度は4人によるコトバの「対話」が夕方まで続いた。彼らのプロジェクトのテーマは「フラットな関係性と対話」によってお互いを違いを知りながら、相互作用によって作品をつくっていくことだ。それはふたりの「夢」であり、終りのない「ライフワーク」なのだと語ってくれた。
初日のキーワードとして「Respect(尊重すること)」「Careful(細部まで気を配って)」「Relationship(関係性)」「Primitive(原始的、転じて作為のない)」等が抽出される。

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【12月15日~16日】舞踏的身体をもった長屋耕太君が合流する。彼の動きが加わることで、また違ったサウンドスケープが生まれる。このリハの間、Jan&Angelaからは頻繁に「Inside/Outside」「Connected]というコトバが聞かれて、なんだか不思議な気持がした。この5年間、とにかくずっと考えてきたことが、遠くスイスにいる彼らとつながっていたという感慨深さというべきか。彼らとのセッションはきっとうまくいくだろうと確信が生まれる。
私自身、幼い頃からずっとピアノの前に座っていた。ずっとそれが当たり前だと思っていたが、2011年3月以降、「関係性としての音楽」として、身体の在り方にはジレンマを感じていた。今回、動きながら音を出すことで心身がつながり、ピアノを弾く時よりも素直に音そのものに集中できた気がした。そして自分の身体は、この7年間のヨガの動きと呼吸が基礎になっていると、あらためて実感した。とにかくセッションでは汗をかくほどよく動いた。壁も床も自らの肉体も全て楽器にして、「私=音」になると決めた。全身筋肉痛。
(写真)ヤンと私の音具の選び方(の違い)が面白い。壁がインスタレーションのようになっていた。

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【12月17日】静寂が保たれたギャラリーでのリハーサルとは違う3331のオープンなコミュニティ・スペースでの本番。「小さな音」が聞こえるかが不安だったが、「客席に‘聴かせるための’大きな音」を意識せず、5人の関係性やコミュニケーションをまず第一に大事にするという共通認識のもと、即興パフォーマンスが始まる。
Jan&Angelaの20分程度の作品「one hand clapping」につづき、短い即興ピース3本をつないだ40分ほどの作品に出演する。本番でどんな楽器や音を使用するか、ヤンとは一切打合せをしなかった。私の(音の)今回の最大の試みは、弘前研究室での「紙のワーク(サウンド・エデュケーション)」を応用したヤンとの新聞紙デュオ、そして紙風船の’演奏’だ。身体性や紙質、呼吸や紙そのものの状態によって生まれる音のバリエーション、「オンガク」の可能性を感じとってもらうこと。実は「紙のワーク」はシェーファーのサウンド・エデュケーションの課題でもあることはヤンにも伝え、一度リハでのセッションを試している。当日使うかどうかの話し合いはしなかったが、ヤンも気に入っていたし、視覚的効果も面白いので、私自身は弘前研究の実践も兼ねて本番でも使ってみようと決めていた。

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全体のクライマックスでは、床や波紋音を使ったパルスの質感や音量のダイナミックレンジ。そのほか、3日間のリハーサルでも実験した全員でのボイスパフォーマンス、アンジェラとのデュオ等も取り入れることが出来た。
2015_12_17_1若いダンサー二人は‘関係性の模索’を繰り返しながら、それぞれの世界感を表出していった。身体性の違う日本人男性のコンビネーションは、もしかしたらお互いにやり難さもあるのではと懸念したが、そこにJanやAngelaが絡むことで、新しい関係性の物語を生み出していた。
とにかく全編即興の非常に集中した時間だったので、出演者は周囲の音が気にならなかったが、客席には周辺音を含み様々な音が聞こえていたことだろう。客席には他国からのレジデンス・アーティストもいて、終演後の感想では皆さんとても気に入って頂いたようだった。
とにかく、5人がノンバーバル(非言語)コミュニケーションで、しかも即興でひとつの世界感を創り上げることは驚きをもって受け止められた。そしてこれこそが、音(音楽)や身体(ダンス)の醍醐味だし、その可能性は今後も追究したいし、伝えていきたいと私も思った。しかしノンバーバルといっても、そこにはやはり身体や感性の‘共通言語’は必要で、それを’対話’や‘相互理解’と言い換えることも可能だと感じた。結果はどうであれ、今回のキーワードとなった‘Respect’する、お互いを尊重し、知ろうとする努力が欠かせないというか。時おり本当に心の「しん」とした部分から生まれてくる’シンパシー(共感)’とは何だろうかと考えてみると、それもやはり’間(ま)’の中に立ち現れているように思えた。
今回のパフォーマンスは、Jan&Angelaの意向もあり、始め方も終わり方も決めていなかった。その中で5人が(気配や雰囲気)を感じ取り、自然に始まり、終えることが出来たのは「Agreement(合意)」という唯一の「約束事」が存在したからである。「終わった」という「間(ま)」を感じ取れるかどうか。そこまでの関係性がたった3日間で築けたか否かの実験でもあった。もちろんそれは、日本社会の中で恐ろしく誤解されがちな「空気を読む」という‘自己を抑え込む’歪んだ関係性とは全く違う。全員がニュートラルに、自然体でパフォーマンスをしながら、コトバを使わずにずっと「対話」をしていた。それは‘誰かに見せる’ための‘表現’とは明らかに違う質感や時間だったと思う。そしてそれこそが、2011年以降ずっと自身の世界に求めていたサウンドスケープだった。
また映像が編集されたら、ここで起きた対話の時間を考察してみたいと思う。

彼らとのセッションはこの夜までの予定だったが、会場に身体表現の新井英夫さんが来て下さったことで、急遽プロジェクトが展開する。身体と音の対話をめぐる旅は、続くことになった。

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会場:アーツ千代田3331
日時:2015年12月17日

出演:Jan&Angela、ササマユウコ、石井順也、長屋耕太
「音を奏でる身体―動く音響」

写真:一番上(C)2015Arts3331chiyo
そのほか(C)2015 CONNECT 
※全ての写真の無断転載を禁じます。

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