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2015年12月28日 (月)

アーツ千代田3331レジデンス・アーティスト Jan&Angelaと過ごした一週間日記③

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【12月20日】まさに日本晴れの日曜日。夏にはバンクーバーで開催されたウェスターカンプのサウンドウォークにも参加したJanの提案で、三人でサウンドウォークをすることになった。場所は私の提案で原宿駅から明治神宮内を。ここは自然音から周辺音、静寂から街の喧騒まで、まさに「内と外」のサウンドスケープが聞こえ、そのダイナミックレンジがとても面白い場所だからだ。

4_2もちろん、日本文化との交流目的でスイスから来日した二人にとっても適した場所だと考えた。若者の話し声やディジュリドゥの生演奏が響く原宿駅前のざわめきを抜け、鳥居という「結界」を越えてからは「ひとことも話さない」ことをルールに、サウンドウォークをスタートさせた。砂利を踏みしめる音、野鳥の囀り、そして国際的な観光地らしく世界各国の言語が飛び交い、徐々に杜の中の音が目の前に立ち現れてくる。国籍と足音にも違いがあるように思えた。JanとAngelaはメモを取りながら、時折立ち止まって定点観測的にレコーダーで記録していた。特に手水場の水の音にはとても惹かれているようだった。

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境内に入ると日曜日ということもあって結婚式が行われていた。神殿では年末の大掃除なのか、白い装束の人たちが大勢で柏手を打っている。そして大太鼓の音。奥からは結婚式の太鼓が聞こえている。賽銭を投げる音。和服を着た小さな女の子の草履の中に鈴が仕込まれていて、彼女が歩くたびに鈴がチリチリとかわいい音を立てていた。

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境内を抜けると、初詣の準備を始めている職人さんたちの話し声。しばらく歩くと新宿に面して広大な広場がひろがっている。足元が砂利から芝生になり、時おり枯葉を踏みしめてみる。立ち止まると一気に静寂が広がる。芝生でくつろぐ中国人家族の話し声。耳をすますと周辺の車の音、ヘリコプターの音が通り過ぎる。小さな子どもがふたり、細い木の枝で幹を叩いて遊んでいる。その行為はまるで演奏のようだ。いや、先日のパフォーマンスのようだと思う。
しばらく進むと、武道場から規則的な稽古の掛け声が聞こえてきた。私はすぐにそれが武道の稽古とわかったけれど、ふりかえりの時に聴いたら、Jan&Angelaには最初それが何の声かわからなかったという。喧嘩をしているような、ミニマルミュージックのような・・人の「掛け声」の意味を聴き分けられるのは、文化的背景なのだということを知る。弓道の長い弓を持った女子高生たちが芝の上の通路を並んで通りすぎていく。その姿もまたパフォーマンスのようだった。広場の池の前にある大きなパワーストーンとして有名な「亀石」の前では、ひとりの女性がライヤーをつま弾いていた。小さな弦の音が二度、聴こえた。

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ふたたび杜の中へ。静寂。砂利を踏みしめながら歩いていると、向こうから一組のカップルが歌をデュオしながら歩いてくる。通りすがりに女性の方が「子どもの頃に合唱団に入っていた」と男性に話していた。幸せそうな歌声が遠ざかっていく。耳をすますと、木々の間から風鈴のような鈴の音が時おり聞こえてくる。頭上からはカラスの鳴き声。グループ分けされているのがわかる。興味深いことに、二人には「インコ」の鳴き声が聞き分けられていたという。しばらく進んで森の端に来ると、原宿駅構内のアナウンスや発車音が聞こえてくる。見えないけれど存在している外側の世界の存在。しばらく進んで参道との合流点にくると、突然、人の声や砂利道を踏みしめる音が渦になって沸き立っているような感覚を経験した。これは私だけでなく、JanもAngelaも合流点で同じ感覚になったという。まるで「音の渦」が見えるようだった。
そのまま再び参道を歩き、出発地点の鳥居で二時間ぶりに会話をする。不思議なもので2時間もコトバを交わさなかったという感覚がない。むしろ同じ時間を共有しながら、対話をしながら歩いていたように思う。Angelaが「メディテーションのようだった」と言っていたけれど、三人は「きく」ことによって確かに非言語コミュニケーションをとっていた。

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ふり返りのカフェに入ると「森の中でひらいた耳」が周辺音を必要以上に拾ってしまうことに自覚があった。特に、カフェの店員さんが椅子を動かす音が何とも耳障りだと感じてしまう。サウンドウォークの後は本来は一定の「耳のクールダウン」の時間が必要なのだ。
お互いのメモを見ながら採取した音について話す。「音」や「きく」を切り口に、話題は建築や風水や占星術など、非常に多岐に渡った。Janはもともとクセナキスからスタートした現代音楽の作曲家で、哲学ではフッサールの現象学から特にメルロ・ポンティの身体性に興味を持っていた。今回は録音のほかに、記譜のような音の図形記録も多々みられて興味深かった。彼らが旅してきたキューバやインドの音風景との違い、スイスと東京の時間感覚の共通性、そして何よりJan&Angelaという似て非なる二人の関係性が生み出す世界感が私にはとても居心地がよかった。偶然にして、必然の出会いだったと感じている。
こうして年末に、スイス人アーティストJan&Angelaのコラボレーターとして突如過ごした一週間が、幸福な時間と共に終わった。久しぶりに遠くまで旅をした気分だった。もともとN.YのOrchard社がいち早く作品の世界配信を提案してくれたり、私自身も国籍を越えると途端に居心地がよくなるタイプのアーティストなので、この感覚は本当に久しぶりだった。それは日頃いかに自分が、ある種の「生き辛さ」を抱えて生活しているかという自覚でもあった。特にここ最近の社会の空気には芸術家としての息苦しさを感じていた。彼らとの出会いは、この5年間ずっと考えてきた「内と外の関係性」、またサウンドスケープ思想そのものの可能性を自らの身体を通して確信する良い時間だったと思う。サウンドウォークは非言語コミュニケーションのツールとしても機能する。
そして何より、2011年から距離を置いていた「音を出す」行為そのものを、彼らとの即興演奏で内側から解き放っていくことができた。2013年から世界を旅しながら異文化交流を通して作品を作り続ける彼らのプロジェクトが、2015年の末に想いがけず私の中のオンガクとつながって、素敵なサウンドスケープが生まれたことは奇跡のようだと思う。
海外に出る機会が減ってしまっても、各地のアートセンターには思いがけず多くのレジデンス・アーティストが海外から滞在している。そして彼らは、現地のアーティストや日本文化との交流を強く望んでいることは意外と知られていない。普段からアートセンターに足を運び、またネットをチェックしながら、興味を持ったアーティストには積極的に交流していくような習慣が、日本のアーティスト内にも定着するといいなと思う。その「コネクト活動」から予期せぬ面白い展開がたくさん生まれそうな気がしている。
Jan&Angelaは今ごろ京都に向かっていることだろう。来年のプロジェクトはトルコを予定しているという。大切な友人たちの夢のためにも、今は世界の平和を願わずいはいられない。

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