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2015年12月 1日 (火)

アートミーツケア叢書2『生と死をつなぐケアとアート~分たれた者たちの共生のために』

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以下は、アートミーツケア学会会員である筆者の個人的なナラティブを交えた〈非学術的な〉感想文です。

●本書の詳細についてはこちらを ご覧ください。

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 「そういう年齢になった」と言い切ってしまうにはあまりにも「生」や「死」について考えたり、話したり、何より「聴く(語られる)」ことの多い一年だったと思うし、その状況はいまも続いている。しかもその「生き死に」は私の内側ではなく外側の世界だけれど、まぎれもなく同じコミュニティに属する者として、普段は特に意識せずに「自分とつながっている人たち」の物語でもある。
 もともと筆者自身も出産事故で命を落としかけていて、心身ともに「死」を経験したような感覚が残っている。明らかにそこに今の自分の死生観があり、「死」に対して抱くのは「恐れ」よりも「畏怖の念」である。むしろ本当に「怖れ」ているのは、両親を始め、自分の内側の世界にいる身近な人たちの「死」であり、それを引き受けていく度量が自分にあるだろうかという「心許なさ」だったりする。
 昭和の新興住宅地には驚くほど「死」の影が見当たらない。バスの乗客が90%は高齢者だと感じてもシルバーシートだけは空席という状況なので、住人たちにも「老い」という時間の流れが自覚され難い環境なのかもしれない。同じ住宅地に暮らしていても、いつの間にか姿を見かけなくなったと思ったら、その人の「死」にまつわる手続きが済んでから回覧板で告知され驚くということもめずらしくない。子どもの頃はまだ町内で「葬儀の手伝い」もあったと記憶するが、今は本当にない。亡くなった場所が病院や高齢者施設ではなく自宅であっても、葬儀は家族だけでひっそりと斎場で行われ、周囲が気づかないうちにその人の痕跡が消されていく。中には旧い友人が久しぶりに家を訪れたら、自宅がすっかり更地になっていたり、売りに出されたりしていて驚いたという話もきく。入所した施設がわかっても、個人情報の関係で電話を取り次いでもらえない。ある日突然、本人の意志とは関係なくコミュニティからつながりが断たれてしまうのだ。
 その一方で、「徘徊する人」を探すアナウンスが時おり防災無線で市内に一斉に流される。たとえば、「〇○町にお住まいの〇〇さん76歳が、昨夜9時から行方がわからなくなっています」といった具合に。耳にしてしまった方は朝から何となく落ち着かない。特に「無事に戻られました」のアナウンスがあるまでは、心のどこかで見ず知らずの「〇〇さん」が家に戻ったか否かを気にしている。「戻られました」のアナウンスが無いと、その背後に隠れた「死」すら想像してしまう。しかし一方で、すでに耳の遠くなってしまった在宅の高齢者たちには、そのアナウンスも届いていない。2011年3月末に、子どもの頃に暮らした都市郊外に拠点を移してから、本当に何度も耳にしているアナウンス。かつてみんなが想像した「未来」からは想定外の「サウンドスケープ」が新興住宅地を包み始めている。
 阪神淡路大震災でのボランティア経験から哲学者・鷲田清一氏が提唱している「臨床哲学」が通奏低音にあるアートミーツケア学会に、縁あって東日本大震災後から所属している。昨年訪れた奈良・たんぽぽの家が母体になっていることも大きいが、それ以上に「いま、私が学びたいこと」がここにはあると直感的に思っている。案の定、学会には弘前の研究室をはじめ現在の研究テーマとつながる人も多く、2011年以降、今井裕子として主に日本音楽教育学会で研究発表を続けてきた「内と外を柔らかにつなぐ関係性」としてのサウンドスケープ思想や、実践考察の一環であるCONNECT/コネクトの芸術活動は、これからさらにケアや臨床哲学ともつながっていくだろうと予感している。
 この叢書2は「共創」の場としての寺、表現者の言葉として映画監督・河瀬直美、南三陸町のアートプロジェクト、都市コミュニティの拠り所「芝の家」、「亡くなりたいと欲している身体」や人と対峙するホスピスケア、瀬戸内国際芸術祭の国立療養所大島青松園での取り組み「つながりの家」といった様々な事例を、当事者たちのインタビュー、つまりは「内側からの言葉」で興味深く紹介されている。もちろん紹介されている事例報告は、その先にある「死」を考える入り口であり、ひるがえってそれは「生」を考えることとなる。内と外がつながり、日常(生)の地つづきに非日常(死)があるのだと気づく「媒体」としてのアートの役割とは何か。自己を表現する芸術作品のみならず、「アート」とは本来「生きるための技」なのだと気づくことで「救われる」こと。「ケアとアート」は不可分であるからこそ、過去も未来も視野に入れた「長い時間軸」で人生を捉え直し、「見えないもの」に畏敬や畏怖の念を抱きながら、その両方から生きる知恵を学ぶ。人生は「私」を超えた想定外の連続性だと受けとめ、謙虚に生きることの大切さを知る意義は大きい。
 あれから5年が経とうとしている今も、「想定外」というコトバを耳にした時の衝撃が忘れられない。自然(身体)を畏れない、という芸術と切り離された近代以降の科学の思考回路が正直「怖い」と思った。料理のように細胞を組み換え、子どものような無邪気さでヒト型ロボットを組み立て、不老不死すら実現しようとするその「万能感」に、生きものとしての危うさや不自然さを感じてしまう。その感覚は時代遅れで無知だと言われるならば、私はそのコトバを甘んじて受け入れたいと思う。
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〇本書を読み終えた直後、水木しげるさんの訃報を知りました。妖怪を通して「外側の世界」の存在を、また失った片腕から戦争の恐ろしさを教えてくれた貴重なアーテイストの死。昭和がまたひとつ終わったのだと思いました。ご冥福をお祈りします。
 

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