映画『FAKE』を観て
聾者(まったくきこえない耳を持つ人たち)の音楽を描いた『LISTEN』と同時期の公開となった、こちらも話題作『FAKE』を観ました。実は、一連の’事件’については記者会見も含めいちども報道を観たことが無かったので、純粋に「音楽とは」「きくとは」を問う作品として向き合いました。
作品は人間ドキュメンタリーとしても非常に興味深く、被写体であるS氏(夫妻)を通して見えてくる「メディア社会」の歪みを実感する内容だったと思います。さらに、篠原有司男夫妻の『キューティ&ボクサー』やアート収集家夫妻『ハーブ&ドロシー』のような、芸術をめぐる風変りな夫婦のドキュメンタリーとしても楽しめる(そう、意外にも’楽しめる’要素が各所にある)。ただしそこには「FAKE」というキーワードが通奏低音として流れているわけです。
一方で「音楽」や「きく」に焦点を当てて観ると、とても一言ではまとまらないモヤモヤが残ります。なぜならそこには「正解」が無いからです。ゴーストライターN氏の存在も視点を変えれば「スタッフ」と言えなくもない。仲間のアイデアを「編集」して自分の作品として世に出す「作家」は'聴者の世界'には普通に存在しますし、これが彼の「作曲スタイル」だと言えてしまえないこともない。そもそも、そこに「白黒」をつけるスタンスでは撮られていないのですから「答え」は観る側に委ねられているとも言える。
ただひとつだけ「確か」なのは、難聴者であるS氏が「聾者」だと自分や社会を偽ったことです。これは明らかに「罪」である。しかし彼に「聾」という物語を求めたのも、もしかしたら世間なのかもしれないというモヤモヤも相変わらず残る。この映画の後にNHKのドキュメンタリーを観ましたが、そこには明らかに「聾者の絶対音感」という作り手の’期待’があり、それに応えようとしている彼の姿も映しだされている。ただし、ドキュメンタリーに登場した彼を慕う若者たちの存在については映画では一切触れられておらず、実はS氏が誰よりも謝罪しなければならなかった相手はあの彼女たちだったのではと思うのですが、実際の関係性も含めそこは闇の中です。
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