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2016年7月18日 (月)

「World Listening Day2016」に寄せて

 7月18日はカナダの作曲家マリー・シェーファの誕生日にちなんで、「World Listening Day」が設立されています(シェーファーは今年83歳)。今でこそ学際的に、様々な領域で使われる「サウンドスケープ」という考え方(コトバ)ですが、そもそもはシェーファーを中心に、世界の音環境を調査する「World Soundscape Project」という環境学的なアプローチからスタートしています。しかしこれにも経緯があって、大学の教員となったシェーファー自身が伝統的なクラシック音楽教育に馴染まず、「自分の存在を正当化するため」(本人弁 『モア・ザン・ミュージック』若尾裕著より)にコミュニケーション学科に移り、その流れでこのプロジェクトが必然的に生まれたのでした。まさに瓢箪から駒、というか、「音楽教育は全的教育だ」と考えるシェーファーの「柔らかに生きる力」をあらためて感じるエピソードです。しかもそれが40年近く前だったことを考えると、当時は今以上にヴィルトーゾ教育が主流だったはずの音楽教育を飛び出し、「音響コミュニケーション」を掲げ、サウンドスケープから音響生態学(Sound Ecology)を学際的に提唱したシェーファーは、当時最先端の考えを持つ音楽教育者だったとも言えます。このサウンドスケープ論は「社会福祉」にもつながると予見されていて、音楽家シェーファーの社会とつながる感覚は、今の時代の音楽家にこそ学ぶものが多いと感じています。ちなみに40年前の(当時の)アカデミズムでは、どこへ行っても氏の考えは‘嘲笑された’と本人が回想しています。

 その後「サウンドスケープ」、あるいはそれを学ぶ「サウンド・エデュケーション」は、音楽教育を始めとする芸術教育、哲学、環境学、コミュニケーション学、福祉学、建築学、都市デザイン・・と、さまざまな領域に広がり、その流れは現在まで続いています。ちなみに私(ササマユウコ)は、コネクトの活動をサウンドスケープ哲学実践の場として、「きく」を共通キーワードに持つ臨床哲学との親和性にも着目して研究しています。内と外をつなぐ柔らかな発想です。
まさに耳から捉える世界は多面体なのでした。

■プロジェクトの関連ページはこちらです
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Wld2016logo3

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