2010年7月25日 (日)

借り暮らしのアリエッティ

Medaka娘と朝一の六本木で観ました。
子連れのときの映画は、だいたいここ。大人の町、裏を返せばこども少ないので、特に「こども映画」は比較的落ちついて観られます。
週末だと朝帰りの人で地下鉄が酒臭いんだけど(><)。

ジブリものは、なんだかんだ結構観てるなあ。
トトロは別格として、「千とちひろ」や「ポニョ」みたいな大ヒットものより、わりと地味な作品が好きだったりします。
「おもひでぽろぽろ」とか「耳をすませば」とか。
この「借り暮らしのアリエッティ」も好きな部類。

考えたら、主人公の女の子のパンツが見えない作品の方が好きなのかも(宮崎監督じゃない方ともいうか ^^;)

内容は、まんまタイトル通りなので観てのお楽しみです。
オランダの人形劇「ポペティ」っていうのがあるんですが、
あれが好きな人は、視点的にすごくはまると思います。

ストーリーは特にひねりもないんだけど、
とても丁寧に描き込まれた絵に好感が持てる作品。
音の入れ方も絶妙で、台所に響く大型冷蔵庫のモーター音なんか、
すごく効果的だと思いました。
全編に流れるケルト
音楽もよかったです。ジブリの脱・久石音楽は新鮮。

そして借り暮らしの小人たち家族の生活が、まるでうちの家族そのもの。
人間よりも小人に感情移入している自分に、ちょっと笑ってしまうのでした。
絶滅危惧種なんだ、うちもきっと。
いろんなものを借りながら、生きることに必死で、どこか原始的で。
最後は原作同様、続編があってもいいかもと思う雰囲気でした。


絶滅危惧といえば、帰りに六本木ヒルズの夏祭りでメダカをすくって帰りました。
1匹から一気に7匹に。
いきもの係りの娘、張り切ってます。


原作はこちら

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2010年2月19日 (金)

冬の終わり

Image9781昨日の予期せぬ雪には、
いよいよ冬の終わりを感じました。
最近の2月らしい冷え込みは、
さすがに体はしんどかったですが、
いよいよ冬が終わってしまうとなると、
なんとなく名残り惜しいものです。
(冬は好きな季節なので)。

このところ、インド音楽の企画書を練りつつ、
TUVA民謡Borbannaadyr(ボルバンナドゥル)という軽快なテンポの曲をアレンジしているのですが、なんとなく低調だった気分に、
これがどういうわけかヒットするのです。

日本語タイトル訳は
うまく行こうが行くまいが」とされる場合が多いとか。
(※註釈・等々力政彦さん)。
あらびっくり。
この曲を聴きながら本当にそんな気分になっていましたので。
言葉がわからなくても、伝わってしまう。元気をもらえる。
音楽(唄)の力です。

ところで、冬季オリンピックは白の印象が強いせいか、
すべての競技がつながった、ひとつの大きなドラマのように思えます。
まるで楽器と奏者のような、
それぞれの競技と選手の個性を楽しみながらも、
画面の中には、いつも「白」という大きなファクターがあって、
どこか神聖な感じがする。
雪や氷は、どうして白いのだろうと(たとえ人工だとしても)。
そんなことを、あらためて感じたりしながら、
久しぶりにクロード・ルルーシュ監督の「白い恋人たち」を観たくなりました。
(北海道のお菓子じゃなくて)。
フランシス・レイのロマンチックな音楽も、とてもよく合ってる。
1968年冬季オリンピックの芸術的なドキュメンタリーです。

オリンピックが終わると、いよいよ3月。
本格的な春の訪れです。
この前お正月だったのにね・・・・。


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2010年2月18日 (木)

フローズン・リバー

Frozen_river今年は早めに申告を終え、バスで渋谷に。
窓から見上げる外苑の空は冬色だけど、
木々の先には膨らんだ芽が春を待つ。

この路線の途中には、黄色いナトリウムランプの高架下トンネルがあって、壁一面に落書き
(ウォールアートと呼ぶべきか)が描かれ、
そこを通るたびにN.Y.の郊外を思い出す。
けれども何度か訪れたそのN.Y.州の
最北端(カナダとの国境)にモホーク族の保留区があるとは知らなかった。

この映画「フローズン・リバー」は、
個人的にはすでに今年№1の予感。
先日のオリンピック開会式でも触れた先住民の現状、
監督は自分と同じ年の女性で、しかも同じ年の娘がいる。
(資金集めは弁護士の夫がやってくれたそうだけど ^^;)。
そんな彼女のデビュー作にして出世作という点も見逃せなかった。
ストーリー、役者、テンポ・・・低予算だからこその秀作。
音楽も渋いながらも印象的で、好みでした。

私が初めて’境’を意識したのは、幼い頃に住んだ函館だと思う。
港を出入りする船、函館山に登るロープウエィ、教会の礼拝堂、
アイヌの民族衣装、熊や鹿の剥製、ロシアの民謡、岩場の海の岬の向こう・・・。
思い出す風景には、どれも’境’の感覚がつきまとう。

そして学生時代に訪れたユーロがなかった頃の欧州大陸。
鉄道で国境を越えるたびに言葉も貨幣も人も変わり、
生まれてからずっと
国境のない国(日本)に暮らしているということが、
とても特殊なことなのだと実感した。

けれども’母親’という仕事には国境が無いと実感したのは、ここ神楽坂。
フランス人も、中国人も、韓国人も、そして日本人も(最近はインド人も)、
子供に向かって話していることは’たぶん’みな大差なく、
自転車の前後に子供を乗せて、
坂道を登っていく母親の逞しい姿に境界線は感じない。

この「フローズン・リバー」は、
そんな’境界’を行き来する二人の母親の物語。
特別な場所を舞台にした、どこにでもありそうな話なのだ。

国境、民族、犯罪・・・
彼女たちは臆することなく凍った川を渡り、一線を越えていく。
いつしか日常と非日常の境は無くなり、
’母親である自分’という逃れられない現実を受け入れながら、
すべてを日常に変えていく。
この映画に’父親’は登場しない。

そもそも国境とは何なのだろう。
先住民を保留する意味は何か。
国境や民族を超えて子供を産める性には、必用あるのだろうか。

女性が描く母親の姿はリアルだ。
男性監督は、どこかで母性を美化するけれど、
母性とはこの映画が示すように、ただ’現実を引き受ける覚悟’に過ぎない。

例えば先日観た、マザーテレサのドキュメンタリー。
戦火の国にいる子供たちを助けに行く彼女の姿は、
決して感情的(情緒的)ではなかった。
穏やかな優しさとは違う、もっと大きな覚悟。
オトコマエと呼びたくなる、母性の力を感じた。

子供の有無に関わらず、
現実を引き受ける覚悟を持ったときに、女性は母性の力を発揮する。
ましてや自分の子供を守るためなら、境界を越えることなんて怖くないのだ。

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※作品のせいか、今回はやけに硬派な文体となっております(m_m)

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2010年1月28日 (木)

ユキとニナ

Photo「 期待せずに観にいったら思いのほか面白かった」という評をいくつか目にしたので、
期待してcoldsweats01行ってみました「
ユキとニナ」。

主人公のふたりは9歳。
うちにも似たような8歳児がいるので、
ついつい母親目線で観てしまうのですが、
パリ(たぶん)の子も、東京の子も、同じ会話してるんだなあ・・と。
そんなところは微笑ましく思ってみていました。

が、この映画が一筋縄でいかないのは、
単なる「女の子物語」じゃないというところでしょうか。
日本とフランスの文化の違い。
それは芯は強いがおとなしい思考派ユキ(日仏ハーフ)と
何でもはっきり主張する行動派ニナ(フランス)の
二人の性格の違いにもよく出ています。
どんな場面でもメソメソ泣かない女の子、というのは共通していますが。

一部ではお洒落な「森ガール」映画として紹介されていますが、
それを期待していくと、ちょっと違うかな?と思うかも。
森は象徴として扱われていて、
森そのものの映像としては物足りなさも感じました。
ただ’音’は面白いの。
フランスから日本の森へ。
音風景から変わっていくところは不思議な感覚にとらわれます。

ここ神楽坂は、実はフランス人の町でもあるのですが、
日仏の国際結婚カップルも多いです。
パパが日本語を話さない場合は(ポリシーだと思いますが)、
ママが流暢なフランス語をあやつり、性格もとてもタフな印象があります。

この映画に出てくる日本人ママも、
本当はのんびりした自然の中で育った女性だとわかるのですが、
パリにいるときは、どこかピリピリした雰囲気の女性です。
(まあ離婚間近だというのもありますが)。
パリジェンヌに見えたユキちゃんも、
日本で赤いランドセルを背負うと、娘の同級生みたいに見えるのも不思議です。
でも子供は逞しい。すんなり日本文化に馴染んでいきます。
夫に、というよりもフランス人であろうとすることに疲れたママも、
子供の頃に遊んだ風景に出会い、
本当の自分を取り戻して、これから再生していくのでしょう。

エンディングロールのUA「てぃんさぐの花」は、なんで?っていう感じで、
大人の事情で採用されたのかもしれませんが、ちょっと唐突に思いました。
個性が強い沖縄の歌を使う意味はあったのかなあ・・。
あとは日本の描き方がわりとステロタイプで、
日仏合作というよりは、
限りなく「フランス人からみた日本」になっていたのが気になりました。
そういう意味では、ファンタジー映画なんですけど。

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2010年1月23日 (土)

オーシャンズ

090921_oceans_main_2 最近は小鳥隊長から、生きもの隊長になりつつある娘と観にいきました。素晴らしいドキュメンタリー作品に仕上がっています。海の生きものたち(海上の鳥たち)の、生き生きとした姿が本当に美しい!念願のクジラの歌声も聴けました。
「オーシャンズ」公式サイト→

フィクションとドキュメンタリーを比較しても仕方ないですけど、
何を隠そう私は70年代の’ジョーズ世代’coldsweats01

娘と同じ年頃に渋谷の映画館で観た
「不条理にサメに食われ、恐怖で逃げ惑う人々・・・」というのが、
頭の中に強烈に残っていて(お風呂に入るのも怖くなったほど)、
この「オーシャンズ」で、サメと人間が一緒に泳ぐ感動的な映像を見ながら、
子供時代に大人から植えつけられる’自然観’の大切さを痛感しました。

まあ「ジョーズ」も、食物連鎖の話としては間違ってないですけど(^^;)、
自然は戦うべき恐ろしい存在で、
力でねじ伏せてこそ人間の勝利・・・みたいな感覚が
(ジョーズでは、最後にサメが爆破されてたgawk)、
20世紀の子供たち(私たちです)には知らず知らずの間に染込んでいました。

でもそれは全く間違っていた。
自然は闘うべき相手ではなく、折り合いをつけていく存在なのですね。
地球という大きな生態系でみれば、みんなつながっている。
この映画を観てわかるのは
「地球上でいちばん愚かな生きものは人間だ」ということ。
先日の「奇跡のりんご」もそうですが、
生態系を乱さず、謙虚に、そして共存していくことが、
この地球の生きもののルールです。
海の中では人間が生まれる遥か昔から、その秩序が保たれていた。
そこへ無知な人間が登場し、
片っ端からルールを無視した結果が、悲しいかな今の地球環境です。


つい数日前にも、こんなニュースがありました。
「捕鯨の町」として知られる和歌山県太地町で、
鯨肉を食べる住民の毛髪から日本人平均の10倍を超える水銀が検出され、
一部で世界保健機関(WHO)の安全基準を超えていることが分かった」と。


だから鯨を食べるな・・という話ではありませんよね・・・。
鯨も人間も、同じサイクルの中にいるよ、ということだと思います。

そうそう、「オーシャンズ」に登場する生きものたちの「食べっぷり」が凄い。
食べることは生きること。シンプルだけど、命に直結する大事なこと。

21世紀の今、人間の自然に対してのやりたい放題を
一刻でも早く終わらせないと、この星は滅びてしまうよ。
そのことを真摯に、時にユーモラスに、シリアスに、そして感動的に、
子供たちに伝えるために’本気で’作られた映画だと思いました。
それにしてもフランス人は海を撮るのが上手いです!


3月5日まで、こども料金500円キャンペーン中!
ぜひお出かけください!もちろん大人も!

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*これは観ようと思ってる作品

■マザー・テレサ映画祭
■フローズン・リバー

■ユキとニナ

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2009年12月29日 (火)

2009回顧録&ラジオデイズ

Image8501_32009年はインド、トゥバ、アフリカ音楽、
そして日本童謡・唱歌と共にある
日々だったので、
久しぶりにラジオで色んな音楽聴いて
気分をリフレッシュする。

この時期は年間チャートもやっていて新鮮。
大橋トリオさんのWinterlandが耳に残った。
http://www.youtube.com/watch?v=6ykSIZ1-38k

やっぱりラジオが好き。
これはもう、小学生の頃からずっと。
でもここは電波状況が悪いのか、
ノイズが凄いので普段はあまり聞かない。
(実は自分が出た昨年のバラカンさんの番組も聴いてない(ポッドキャスト)。

BGMでよく聴くCDは「高原の朝」と「セイシェルの海」。
フィールド録音の自然音ばかりなり。
音楽のCDは、心身共に集中できる時にしか聴かない。

映画もあまり観ない年だった。
そんな中で「スラムドッグ$ミリオネラ」が秀逸だった。
今年最後に見たのは「いのちの山河~日本の青空Ⅱ~」。
びっくりするくらい号泣した。
良心に基づいたよい映画だったけど、
別の悲しい気持ちのはけ口となってしまった。


本は、このところ昔読んだ本を読み返している。
宮澤賢治の一連の作品。
特に「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「やまなし」「セロ弾きのゴーシュ」。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」と「センス・オブ・ワンダー」
(この2冊はいつか詳しく)。
特に「センス~」は、20年くらい前に読んだ時は本当の意味で実感がなかった。
子供を育てる中での実体験をもった今、
ひとりでも多くの人に読んでもらいたいと心から思う。


あと「聖★おにいさん」の第四巻も、やっと読めた。
相変わらずの聖なる笑いの世界感に、師走も忘れて和む。

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2009年2月23日 (月)

おくりびと Departures

■(2009/2/23記第81回米アカデミー賞 外国語映画賞受賞!海外での評価も高いですね。日本の心が、世界に受け入れられていくことはとても嬉しいです。何を隠そう、学校を卒業して最初に飛び込んだのが映画業界でした。世間はバブル絶頂期、派手なハリウッド映画が受け、日本映画界は衰退して全く元気の無い時代でした。皮肉にも100年に1度の不況という今、今回の日本映画の快挙を当時の誰が想像したでしょう!(もちろん、この不況も)。日本の偉い人、これからはもっと文化や教育にお金だして下さい!日本の未来のために。

Photo ■(2008/11/14記)

■義母の葬儀は無宗教&家族葬。天寿をまっとうし、生粋の江戸っ子だった彼女の人柄もあって、余計なものは一切なく、なんとも清々しい式でした。斎場に集まった小さな孫やひ孫たちは走り回り、まるで砂場遊びのように夢中で棺の中を花で埋め、骨壷の前の遺骨を手づかみし、泣いたり笑ったり怒られたりしながら、それでも小さな心に何かを感じ、思い思いに’ばあちゃん’にお別れをする光景に、人生の本質を見たような気がしました。想像力の逞しい娘は最初、’死’が怖くて棺の前で固まっていたのだけど、「おばあちゃん、’ああ楽しかった’って、にっこり笑ってるから見てごらん」と言うと、安心したように遺体に花を添えお別れをしていました。

■最近読んだ本で印象に残っているのは、インド・ガンジス川にある'公開’火葬場の話。屋外で焼かれる遺体の頭蓋骨は、最期に「パン!」と大きな音を立てて割れるといいます。そしてその音が聞けると、本人は何の未練もなく、この世の命をまっとうしたことになる。まるでクラッカーを鳴らすように、なんとも晴れ晴れしい命の終わり方です。

■死生観(遺体の扱い)は国や文化によってさまざまだけれど、映画「おくりびと」では’納棺師’の視点から、日本の文化=心が描かれています(ユーモアも忘れずに)。リストラからやむを得ず、この特殊な仕事に就いた元チェロ奏者。主人公である彼の心情をもっと掘り下げたり、妻の葛藤を表面的に終わらせなかったり、全体をシリアスにすることも出来ただろうに、どこかインド的にカラっとまとめているところが、かえっていいのかなと思いました。伝統的な納棺の儀には、日本独特の型の美学があり、故人の尊厳を守る心があります。そして丁寧で美しい所作で扱われる故人を見守ることで、残された者の心も静かに癒されていくのでした。■先日の義母の葬儀では、火葬場の方が丁寧に丁寧に遺灰を集め、骨壷に納めていく仕事を見つめている時に、参列者の心が同じ場所で’しん’となり、ひとつになった瞬間がありました。なんとも静謐で神聖な時でした。そこには宗教も国境も越えた、命の尊さだけがありました。

■映画の最後に、近頃亡くなった峰岸徹さんが重要な役どころで出てきます。撮影は昨年の春だったというから、まさか自分の運命はご存知なかっただろうけれど。この役を演じたことが、彼の役者人生に、この作品に深い意味を与えたことは間違いありません。

おくりびと」公式サイト→  ■2008モントリオール世界映画祭グランプリ受賞作品

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■同じくアカデミー賞短編アニメ賞「つみきのいえ」受賞もおめでとうございます!とっても気になる絵と内容。インドの貧民街を舞台にしたダニー・ボイル監督の「スラムドッグ$ミリオネラ」も公開が待ち遠しいです!アカデミー賞も不況の影響で脱ハリウッド?お金をかけただけの映画ではなく、作り手の真摯なココロが伝わる作品に光をあてる。映画が本来の姿を取り戻していくようで嬉しいです。

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2008年12月13日 (土)

未来を写した子どもたち BORN INTO BROTHELS

080827_miraikodomo_main_2■今回も、’生’について考えさせられる秀逸ドキュメンタリーのご紹介です。

■「未来を写した子供たち」はインド・カルカッタ(コルカタ)の売春窟に生まれ育った子ども達と、そこに入り込み彼らに写真を教えることで、子ども達の未来を切り開こうとする女性カメラマン/ザナ・ブリスキの奮闘の記録です。

■想像を絶する劣悪な家庭環境の中で、驚くほどの才能と知性で未来をつかみ取る少年。せっかくのチャンスを親の意志、または自分の意志で諦める少女・・・。そこにはインドの闇社会の断片が映し出されています。が、結局のところ人は、たとえどんなに悲惨な環境に育ったとしても、最後は自分の意志が全てを決めていくのかもしれないと。少し突き放した言い方ですが、カメラを手に生き生きと活動する子ども達の姿から「生きること」の基本を見たような気がします。そして救われた子どもが輝いてみえるだけに、救われなかった子どもの悲劇が浮き彫りになるという厳しい現実も。とにかく、とても一言では言い尽くせない、興奮に近い感情を覚えたドキュメンタリーでした。■本当は子供たちにも見てもらいたい映画ですが、’売春’の問題やインドという国を理解できないうちは難しいかもしれません。第77回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞していますが、日本での公開までには長い時間がかかりました。ずっしりと重いテーマですが、悲惨な印象ではありません。文部科学賞特別選定作品、とういことですから12歳以上は大丈夫でしょう。

■実はこの数ヶ月、インドについて色々な書物を読んでいました。音楽、風土、宗教・・・。知れば知るほど、わからなくなるのがインドです。この映画の中にも、代々続く売春婦の家庭が、カーストでは上にあり裕福な暮らしをしていたりします。私達が考える赤線地帯とは根本的に感覚の違いがあるのです。そのあたりの背景を、映画でも少し説明してくれたら、また違った印象になった気はします。■だからと言って、最初から自分の境遇を’これでいい’と思っている子供はいない。いずれ逆らえない現実を知り、諦めて受け入れていくだけなのです。ここから抜け出すには教育しかないと、写真の指導者ザナは語ります。もちろんそれは正論だし、私もそう思います。けれども同時に、せっかく入れた学校を家庭の事情で去った少女が、学校以外にも生きる道を探し、どうか’絶望’しないで欲しいと祈るばかりでした。

■余談ですが、先日のムンバイのテロやオリッサの宗教対立の背景に、インド資本主義の発展があるのだとしたら、大学進学だけが子どもたちを救う手段なのだという西洋的な正論も、一歩間違えば両刃の剣になる可能性もあると思いました。「この学校に入れば大学まで行けます。医者にも弁護士にもエンジニアにもなれます」という教育者の言葉に、「ああ、これでこの子は救われた」と心から安堵した自分に、ちょっと待てよ?と問いかける自分もいました。本当の幸福は、動物園や海で見せた子どもたちの笑顔の中にある。きらきら輝く目と、自由な心を失わないことですから。■ただ、どんな家庭事情の子供にも、勉強したいのならば門戸を開く進学校がある。こういうところは、今の日本の’お受験’システムよりも、よほど健全かもしれません・・・。そういえば世界最高齢70歳で出産したインド女性は「周囲には親戚が沢山いるから子育てには問題ない」と語っていました。うーん、インドは本当に’人間力’が強い。

■映画の中で売春婦の母を殺され、失意の中からも未来をつかみとった11歳の少年は今19歳となり、ニューヨーク大学で映画の勉強をしているということです。本当に才能のある少年でしたから、なんとも嬉しい後日談でした。ザナが救い出した一人の少年が将来インドを変えるかもしれない。この映画の本当のテーマはインドに限らず、「子供は未来だ」ということなのです。

■銀座での上映は26日まで。ロビーでは子供たちの作品も展示されています。どうかひとりでも多くの方に観て頂きたい!

未来を写した子どもたち BORN INTO BROTHELS 公式サイト→

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2008年12月11日 (木)

ヤング@ハート

Photo_2■最近、音楽仲間とよく話題になるのが「いつまでやるか」ということ。舞台で醜態をさらける前に辞めるという人も、肉体の限界までという人も・・・それぞれに美学があり、どちらが正しいということはありません。そういう私は、限界に挑戦型かなあ・・coldsweats01。一応、音楽活動のピークを80歳くらいに想定しているので、今はまだ修業の途中と思っています。が、指の関節曲がるのか?とか。ペダルに足が届く?曲は作れる?とか。ちょうど人生の折り返し地点の今日この頃、ピアノを弾きながらイメージする将来像は、なかなかファンキーですcoldsweats01

■この映画「ヤング@ハート」は、アメリカに実在する平均年齢80歳のロックンロール集団のドキュメンタリー。こんな音楽映画は、まず観た記憶がありません。人生最期まで性、いや生を謳歌し、本番を前に力尽きて死んでいくメンバーさえいる。その凄まじい生き様は、まさにロックンロール。いや、パンクでしょうか。■プログラムに難しい新曲を取り入れ、挑戦することを忘れない。普段はクラシックを聴いている人も、ここではロックを受け入れ、楽しんでいる。病気さえ笑い飛ばす。淡々と、でも熱い。決して自己満足では終わらない、舞台に向かう彼らの「プロ根性」に脱帽です。■指導者ボブ・シルマン(53歳)の姿勢も素晴らしい。厳しくも優しい、メンバーとの絶妙な距離感。この活動を始めた28歳当初はおそらく、こんなにも人の死と向き合うことになるとは思わなかったでしょう。それでも続けてこれたのは、何よりも音楽を愛し、メンバーと真摯に向き合い、その後迎える彼らの死に敬意を払っているから。まるで修行僧です。誰にでも真似できることではありません。メンバーは彼の厳しさをボヤきながらも、「負けてたまるか」と諦めずに、厚い信頼を寄せている。年齢や職業ではなく、音楽でつながる人と人。感動です!

■私は昨年の母の日ライブの前日、ママ友のダンサー・野和田恵里花さんを亡くしました。友人の死を受けて舞台に上がる心情がどんなものなのか、少なからずわかっているつもりでしたけど、彼らはハンパじゃありません。本番前の一週間で二人もメンバーを失います。でも、誰も引き下がらない。歌うことが最大の追悼になると知っているからです。旅立った仲間に捧げる歌の力には、聴いている誰もが心を揺さぶられます。

■お互い「80歳までやる」と語っていた彼女に、この映画を見せてあげたかったなぁと思いました。バアさんになった二人が同じ舞台に立っていたら・・・そんなことを考えていたら涙が止まらなくなりました。とにかくハンカチお忘れなく。笑って、泣いて、そして元気になれる。「本気で生きる」ことを真正面から教えてくれる映画です。

ヤング@ハート 公式サイト→

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2008年9月22日 (月)

パコと魔法の絵本

Photo ■娘が振り替え休日の月曜日。「ポニョとパコ、どっちにする?」と聞けば、迷わず「パコ!」。さすが下妻ファンの娘。まあ、中島哲也監督ファンの私。ひとりでも観にいく予定だったので、内心「ラッキー!」と。あ、ジブリも好きですけどね(^^;)。

■ロード・ムービーファンを自認するわけですが、テリー・ギリアム、ティム・バートン、エミール・クストリッツァ、ジャン=ピエールジュネなんかは大好きなのでした。うまく説明できないけれど、世間では’鬼才’とか言われがちだけど、なんというか「映画にしか出来ないこと」を徹底的にやってくれる監督が。時には作品に当たりハズレがあって、しかもその振れ幅が大きくて、新作が発表されるたびにワクワク、ドキドキするような感じ。中島哲也監督は「下妻物語」「嫌われ松子の一生」と、今のところハズレが無いですが、私の中では上記監督の仲間に入っています。だから新作楽しみだった~!

■この「パコと魔法の絵本」。ポスターを見た時は、「ローズ・イン・タイドランド?」と思いましたが、個人的にはあの作品をはるかに越えていると思います(単にローズは苦手だったというのもあり・・)。徹底的に寓話なんだけど、真実。嘘じゃない。とっちらかっているようで、一本筋が通ってる。一貫しているのは、人間のダークサイドを見つめる優しい眼差し。それが偽善じゃなくて、’恥ずかしいまでにストレート’なのです。そこがいい!

■大好きなロバード・サブダの絵本の中に飛び込んだような、本当に魔法にかけられたような極彩色の世界。ずっと浸っていたかったです(疲れそうだけど)。そして勝手に、この映画を「国際カエル年の記念映画」に指定したいと思います。カエル好きの娘もご満悦。っていうか変なオトナがいっぱい出てきて、わーわーやっているのに最初は呆気に取られながら、最後はハンカチ出して涙ぬぐってました(隣の席のお友達も)。間違いなく小1から大人まで(どっちかと言えば大人向けかな~)、笑って泣ける映画です。ただ、しばらくは土屋アンナちゃんに影響された子供が、ヤンキー言葉になっちゃいます(^^;)。

■うちのメダカの水槽にも、黄色い花の咲く水草を入れたいんだけど・・あれは本当にあるのかしら??

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ガマ王子対ザリガニ魔人 パコと魔法の絵本  /堀米けんじ/作 [本] ガマ王子対ザリガニ魔人 パコと魔法の絵本 /堀米けんじ/作 [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
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ロバート・サブダのしかけ絵本 不思議の国のアリス(日本語版) ロバート・サブダのしかけ絵本 不思議の国のアリス(日本語版)
販売元:木のおもちゃ ウッドワーロック
木のおもちゃ ウッドワーロックで詳細を確認する

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