2018年9月 2日 (日)

芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト代表として

この秋は2014年に立ち上げて5年目に入った「芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト」の活動をふりかえる機会がいくつかあります。以下の文章は専用Facebookに掲載して反響も大きかった記事なのでこちらにも転載します。「場の在り方」を通して自分の頭の中にあるサウンドスケープを提示してきたつもりはありますが、その場で言葉で伝えることはあまりしてこなかったのかなと。だから肩書「音楽家」なんだけど...とも思いつつ、やはり世界は言葉で出来ていることをあらためて実感する今日この頃です。ちなみに今後は非言語コミュニケーションを中心に考察するだろうことはかなり明確に見えてはいるのですが、またこれも難題です。サウンド・エデュケーションについても弘前大今田研究室の最新研究と連動しながら、音楽教育の新しい視点も紹介していけたらと思っています。

2018コネクトには時おり若い研究者(の卵)やアーティストが訪ねてこられます。昨日も「言語人類学」の領域から手話や音楽を研究する東京大学の院生さんが遊びに来て下さいました。私の「頭の中を知りたい」ということで、さてこれがなかなか難しい。有機的につながっていく活動の「音の風景(サウンドスケープ)」を言葉化することに3時間苦戦しました。反対に「インタビュー」して頂くことで思考が整理されていくことも多々ありました。なので、今後インタビューは積極的にお受けしたいと思いました(笑)。
 2014年に立ち上げた「芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト」は、もともと2011年の東日本大震災を機に弘前大学大学院今田匡彦研究室でサウンドスケープ(耳の哲学)研究を始めた音楽家・ササマユウコの実践拠点としてスタートしました。オフィスは相模原市立市民・大学交流センター内にある任意団体です。公共施設を拠点に選んだのは同時期に「まちだ市民大学」に仕事で関わり「さがまちコンソーシアム」の存在を知ったという経緯もあります。
 コネクトは「つなぐ・ひらく・考える」をテーマにプロジェクトごとにチームを編成する「中心点」のような存在です。当初は民官の中間支援的な活動も考えましたが、サウンドスケープの内側=市民(アーティスト)主体で小回りが利く有機的な活動の在り方を模索しました。今年度は地域活動を視野に入れたアーティスト・イン・レジデンスに沼下桂子さん(女子美術大学版画研究室講師)にも関わって頂いています。
 大学と団体よりは、研究者と芸術家、顔の見える「個人と個人」のつながりを大切にしています。その小さな活動の密度に、今の時代に置き去りにされがちな「個の力」の可能性を感じます。外からはなかなかわかりづらいですが、この「個」が「音の風景(サウンドスケープ)」のように編まれている活動だとご理解頂けると嬉しいです。これは弘前の研究室がここ数年掲げている「小さな音楽」という概念に共鳴しています。
 これまでの主なプロジェクトには、「路上観察学会分科会」(異分野アーティスト交流)、「空耳図書館のはるやすみ」(子どもゆめ基金助成事業)、「即興カフェ」(新しいオンガクの実験)、「協働プロジェクト 聾/聴の境界をきく」(2017アートミーツケア学会青空委員会助成公募プロジェクト)
等があります(活動開始順)。第一線で活躍するアーティストや研究者たちが分野を越えて「境界」に集まることで柔らかな場が生まれています。この他にも自治体の「音のワークショップ」等を個人的にお受けしていましたが、この1年くらいで個人活動とコネクトが不可分な存在になってきていると感じます。
 あくまでもその在り様(音風景)が「オンガク」であるように。もちろんそこには「ノイズ」も含まれますし、それこそが豊かさや多様性にもつながります。ではそのオンガクとは何か?何がオンガクか?というお話は、長くなりますのでまたどこかで機会を持ちたいと思います。長文失礼いたしました(サ)。

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芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトの活動にご興味のある方は以下サイトのメール・フォームよりお問合せください。

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2018年8月19日 (日)

「即興カフェVol.6 真夏の夜に|言葉のない対話」ご参加ありがとうございました。

 お盆明けの金曜日に、協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」 とのコラボ企画として開催した第6回「即興カフェ」を実施しました(下北沢HalfMoon Hallにて)。ご参加いただいた皆様ありがとうございました。

 写真ではいわゆる「パフォーマンス作品」に見えますが、前半では雫境さん(聾の舞踏家)、鈴木モモ(ストリングラフィ)、ササマユウコ(ピアノ)が音のある|ない世界を行き来しながら、特定の役割やシチュエーションを決めることなく、登場順だけを決めて50分間の即興的な「対話」を実験しています。音楽的なルールからは自由に、ただし音楽的意思をもった身体によるコミュニケーションです。後半は写真がありませんが、参加された皆さんを交えて、米内山陽子さん(劇作家)の手話通訳を通した言葉による対話の時間をシェアしました。即興カフェFacebookで前半の写真がアルバムになっていますので、よろしければ雰囲気だけでもご覧ください。後半の対話は、また後日レポートしたいと思います。
目と耳で楽しむ新しいオンガクのかたちの実験。今回は聾/聴、音楽/美術、言葉/非言語の境界、また小さなチームながら20代から50代が集まる世代間交流の場ともなり、さまざまな可能性が示唆される場となりました。ご参加いただいた皆さまからも客観的な視点をシェアすることができて、主催者側にとっても有意義な時間となりました。どうもありがとうございました!
即興カフェ・プロデューサー:ササマユウコ
  http://www.facebook.com/improcafe

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(C)即興カフェ2018
第6回「真夏の夜に|言葉のない対話」
実験した人:雫境(舞踏)
鈴木モモ(ストリングラフィ)
ササマユウコ(ピアノ)
前半 50分間の非言語即興セッションより
即興カフェFacebook よりアルバムがご覧いただけます。
●今回の考察を芸術教育デザイン室CONNECT/コネクトのブログ「コネクト通信8月号」に掲載しています。

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2018年8月16日 (木)

即興カフェ⑥『真夏の夜に|言葉のない対話』 明日開催です。

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「サウンドスケープの哲学から新しいオンガクのかたちを実験する音楽家のプロジェクト」即興カフェ。明日17日午後7時より第6回『即興カフェ 真夏の夜に|言葉のない対話』を開催いたします!

◎ご予約は本日まで。当日もあります。詳細はこちら→

 今回は二部構成。1月の即興カフェでは「音と言葉のある風景」をテーマに、あえて「言葉」にしばられることから表出するオンガクや即興を実験しました。
 今回は反対に、前半は言葉のない即興セッション(出演:雫境/舞踏、ストリングラフィ/鈴木モモ、ピアノ/ササマユウコ)を、後半では参加者を交えて「言葉」による対話をします(手話通訳:米内山陽子(劇作家)。「言葉のある|ない」、「音のある|ない」、さまざまな「境界」を行き来しながら、目と耳でオンガクの時間を旅します。協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく」(助成:2017アートミーツケア学会青空委員会)とのコラボ企画としても捉えています。

 カナダの作曲家M.シェーファーが著書『世界の調律』(平凡社ライブラリー)の中で「サウンドスケープ論」を提唱したのは今から40年前。耳/音から世界を「音の風景」として捉え直す先駆的な考え方は、むしろ音楽専門領域に受け入れられるまでに時間を要しますが、この著書の最終章では「沈黙」が扱われています。ちょうど2011年から弘前大学今田匡彦研究室でサウンドスケープ研究をはじめて、「沈黙」に辿りついたところで、今回のゲストであり協働プロジェクトのメンバーである聾の舞踏家/雫境さんに文化庁メディア芸術祭の「聾者、視覚障害者の鑑賞ワークショップ」で出会いました。サウンドスケープに興味があるという雫境さんは、それから2年後の2016年に牧原依里さんとの共同監督で聾者の音楽映画『LISTEN リッスン』を発表します。その上映アフタートークに呼んで頂いたご縁で、2017年の協働プロジェクトにもつながりました。
 「これは音楽なのか?」という無音映画『LISNTE リッスン』の問いかけは、まさに衝撃でした。私は今までに数回この映画を観ていますが、彼等の世界にある「音のないオンガク」を感じています。そこには旋律やリズム、ハーモニーや歌など、さまざまな音楽の要素がある。音楽的意思をもつ身体の内側からは聴者/聾者に関わらず、サウンドスケープをデザインすることができるという確信のもとに、今回の実験にも挑んでみたいと思います。
 作曲家・水嶋一江さんが考案したストリングラフィは「音/音律」を糸電話の原理で視覚化した楽器とも言えます。水嶋さんアンサンブルの主要メンバーである鈴木モモのソロ・プロジェクトでは、糸は音律よりも空間インスタレーションとして張られ、「音響装置」として奏でています。その音は時に人の声のようでもあり、自然界の音風景のようでもあり、宇宙的な音響空間を編み出します。
 今回は、私の即興ピアノと彼女の糸の間には「音」が存在しますが、雫境さんはふたりの「奏でる身体」や空気そのものの共振を視覚だけでなく、皮膚感覚でも捉えているのではないかと思います(このあたりは後半の対話で伺ってみたいな)。
 もちろん出演者同志の身体や音の対話だけでなく、参加者の皆さん、楽器(モノ)や空間、そして時間との対話も要素として絡んでくると思います。「オンガク」とは何か。何が「オンガク」か?今回は耳と目で楽しんで頂ければ幸いです。

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即興カフェVol.6
「真夏の夜に|言葉のない対話」
18時40分会場 19時スタート
実験する人:雫境、鈴木モモ、ササマユウコ
手話通訳:米内山陽子
協力:松波春奈
ご予約2500 当日3000
@下北沢Half Moon Hall 

ご予約 improcafe.yoyaku@gmail.com 
http://www.facebook.com/improcafe/

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2018年8月 5日 (日)

蓮の花のひらく音2018

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◎昨年の記事はササマユウコ個人サイトの「Inside/Outside」をご覧ください。

 今年も不忍池の蓮に会いに行きました。毎年この時期に、軍国主義が色濃くなった1930年代の国内有音派・無音派の植物学者たちが、2度の夏に渡って不忍の弁天堂前の蓮音を巡って朝日新聞紙上で繰り広げた『蓮の音論争』をご紹介しています。詳細は、ぜひ上記リンクよりご覧いただければ幸いです。
今回は「芸術と科学」の関係性について素人なりに少し考えてみたいと思いました。なぜなら、この「蓮の音論争」を一方的に収束させた無音派の言葉が「科学の勝利」だったからです。
 20世紀は「科学の時代」と言われました。この100年間に開発された科学技術は、インターネットの例を挙げるまでもなく人々の暮らし、世界を大きく変えました。この「蓮の音論争」が繰り広げてられていた1930年代の日本も近代化が進み、すでに不忍池周辺工場の排気による環境汚染が問題視されていました。関東大震災を経て地下鉄銀座線も開通しています。
 実は、第二次世界大戦前のアメリカではすでに原子力爆弾の製造法が研究開発されていましたし、それを知る留学経験者(物理学者たち)も国内に存在していました。その原子力爆弾を自国に投下する可能性のある国と戦争状態に突入していく時代をどう過ごしたのか、今では彼等の「内心」を知ることは出来ません。物理学者だけでなく、「戦争反対」を唱えた人たちは、時には隣人の「密告」により捕まり、拷問を受け、殺されてしまう恐ろしい国。大正デモクラシーから10年たらずで社会は暗く変貌し、ジェットコースターのように軍国主義に「落ちていく」体験をした人たちは沢山いたはずでした。もしくは「上がっていく」と高揚感をもって捉えていた人たちも沢山いたことでしょう。
 この論争までは有音派の植物学者も普通に存在していましたし、「蓮の音をきく」文化も当たり前に受け入れられていました。しかし「科学の勝利」と新聞に書かれた途端、実は突っ込みどころ満載の「非科学的な」実験だったにもかかわらず、蓮の音の存在は呆気ないほど簡単に社会から消えてしまうのです。その年の冬は226事件、クーデターを起こした多くの青年将校たちが処刑された象徴的な年でした。
 敵国アメリカの真実を知る/知らないにかかわらず、国中の人たちが「本心」を隠し大きな力に飲み込まれ、「勝利」を信じて「お国のために」すべてを差し出す道だけが残されていきました。「蓮の音」を愛でるような「風流」は軍国主義に嫌われ、戦争を視野に入れたメディアや教育による「刷り込み」が子どもにまで及んでいきます。「蓮の音論争」の隣には、すでに都内で始まっていた空襲訓練を苦に一家心中した有識者家族の記事も大きく掲載されています。
 しかし、戦後は違う理由で「科学的根拠」をもって「蓮の音」をふたたび否定する人物が現れます。誰よりも蓮を愛し、自宅で検証を積み重ねた植物学者の大賀博士です。大賀博士はなぜ「蓮の音はしない」と言い切ったのか。それは「カミカゼ」を信じて戦争に邁進した迷信を疑わない「国民性」への反省と批判があったからです。
 この「蓮の権威」が科学の世界から「無音」を宣言した影響は大きく、現在も大賀博士の論が一般的に支持されています。戦後の高度経済成長を遂げた日本人は、日進月歩の科学技術の恩恵を受けながら、ふたたび蓮の音をきく耳を持とうとはしませんでした。気づけばアカデミズムだけでなく、芸術さえも「科学的であること」が求められるようになります。ロジカルに説明できないモノ・コト・ヒトは排除する。「非科学的」であることと「言葉にできないこと」が同義として語られていくようになりました。逆に言えば「言葉にできること」だけが世界のすべてになっていきます。
 そして2011年3月。衝撃的だった「想定外」の言葉とともに、人類史上最悪の原発事故が起きました。その事故の背景には「ブレーキのない自動車を走らせる」ような杜撰な「最先端科学技術」の実態も見えました。そして事故からわずか7年。社会はいま「勝利(成功)」を信じて真夏の東京オリンピックに突き進もうとしています。その成功を信じる「科学的根拠」は何でしょうか。
 芸術と科学は本来、岡本太郎が提唱した「調和は衝突」の関係性にあるのだと思います。「想定外」とは「イメージの力」によって到達する世界であり、それは芸術にとって必要不可欠です。科学がカバーできない「非言語」の領域を芸術で補うこともできます。科学は決して芸術に勝る存在ではありません。むしろ科学の言葉やデータに囚われてしまうことは芸術を窒息させ、社会を息苦しくすることさえあります。なぜなら「科学的根拠」も決して「正解」ではないと未曾有の大災害が教えてくれたからです。「蓮の音を聞いた」と言う人を「非科学的である」と言葉で封じ込めるような権利は誰にもない。この広い世界には2000種類以上の蓮が存在し、土壌や環境、蓮の生命力の個体差も含め、すべてを検証することは不可能だからです(大賀博士も70種類ほどでした)。科学の「想定外」に思いを馳せることは「非科学的」とは違います。イメージすることを止めてはなりません。
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 明日は8月6日。原爆ドームの前に初めて立った時の「想い」を言葉にすることは本当に難しいです。わずか30センチ定規1本で開発されたという小さな「原子力爆弾」。はたしてそれは「科学の勝利」だったのでしょうか。ただ悲惨な、悲惨以外には言葉が見当らず、黒い塊の前で茫然となる思いでした。

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2018年3月29日 (木)

協働実験プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」

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 雪の降る3月21日(春分の日)。第2回境界リサーチ「舞踏・サウンドスケープ・演劇の視点から」(テーマ「手」)を実施しました。ひとりの欠席者もなく、北は弘前から南は熊本まで、ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。考察レポートはまた後日、芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト等で掲載します。

当日、撮影協力に入ってくださった映画『LISTEN リッスン』の牧原依里監督からさっそく素敵な写真や動画が送られてきました。以下の専用ページよりご覧いただけます!

協働メンバー:雫境(聾・舞踏家)×ササマユウコ(聴・音楽家)×米内山陽子(CODA・劇作家、舞台手話通訳)
FB http://www.facebook.com/Deaf.Coda.Hearing/

主催:芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト
助成:アートミーツケア学会青空委員会

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2018年3月11日 (日)

3.11の記憶

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 まだ小さかった娘と二人、いつでも逃げられるようにマンションの寒い廊下にヨガマットを敷いて静かなインストだけが流される小さなラジオを傍らに、連絡のつかなくなった夫の帰りを待ちながら途方に暮れていた。スマホもSNSも無縁の生活だった。

 津波の映像をテレビで見たのは夫が食料を手に戻った夜になってから。ただ画面を眺めている状況がいたたまれずラジオに切り替えると、坂本九の『見上げてごらん夜の星を』が流れてきた。今でもこの曲をきくと、ベランダから眺めた新宿の夜空を思い出す。
テレビの中に映し出されていた光景は現実のものなのだろうかと、余震の中で受け止めきれずにいた。
 原発事故は2日後、食べ物をもとめて足を伸ばした夏目坂から見た銀色に光る空と、大久保通りを通り抜ける爆風のような直線的な異様な風で、報道よりも先に本能的に察知した。それからしばらくの間、夕方の空は錆びた鉄色をした不思議なかたちの雲がたくさん浮いていたし、マンションの屋上には人工的な黄色をした結晶がいくつも落ちていた。タルコフスキーの『サクリファイス』の世界に放り込まれた気分だった。
 あの日から私の人生も音楽も出会う人たちも環境も思考も大きく変わった。運命とはこういう経緯を言うのかなと、今は思う。むしろ核心に近づいたのかもしれない。人生後半の分岐点となった日。
□2011年以降のササマユウコの活動です。

・芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト  http://coconnect.jimdo.com/

・協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」
◎ワークショップやレクチャー等、お気軽にメールにてお問合せください。
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2018年2月18日 (日)

満席です【春分の日開催】第2回リサーチ活動「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」

【こちらは満席です】昨年11月19日に引き続き、協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語非言語対話の可能性」の第2回リサーチ活動を開催します。

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聾者・聴者が共に楽しめるように、手話通訳、筆談、非言語コミュニケーションを交えて進めていきます。
第2回境界リサーチ活動「カラダ┃音┃コトバ〜舞踏・サウンドスケープ・演劇の視点から」です。
 第1回「コトバ|音|カラダ~言葉のない身体WSとおしゃべり」の実施を踏まえて、今回はより大きな会場で「表現」に向き合い、特に「手」をテーマにしたワークを中心に進めてみたいと思います。
内容は、進行役それぞれの専門領域(舞踏・サウンドスケープ・演劇)を軸にした3種のワークと、その境界に生まれたひとつのワークを参加者の皆さんと一緒に実験してみます。
聾と聴、音声言語と手話、言語と非言語、カラダ|音|コトバの間に生まれる境界を身体を使って楽しく体験してみましょう。

【対象】:聾/聴の方、分野、プロ・アマ問わず表現活動に関わっている方、聴覚障害者支援を含む福祉・学校関係の方、手話勉強中の方など、どなたでもご参加頂けます。第1回に参加されていなくても参加可。

進行役:雫境|聾・movement・舞踏
    ササマユウコ|聴・soundscape・音楽
    米内山陽子|CODA・signlanguage・演劇

定員:20名程度 【定員になりしだい締切ります】
参加費:1500円 (当日清算)

2月16日午前10時から
■お申込み先:tegami.connect@gmail.com
①件名「春分WS」②お名前 ③緊急連絡先 ④簡単な応募動機
を明記の上、メールにてお送りください。
※当日は動きやすい服装、筆談用具をご持参ください。

●プロジェクト専用Facebookページ
http://www.facebook.com/Deaf.Coda.Hearing/

助成:アートミーツケア学会青空委員会
協力:牧原依里
主催・お問合せ先 芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト
http://coconnect.jimdo.com/

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2018年1月24日 (水)

(記録)即興カフェVol.3@HADEN BOOKS『音と言葉のある風景』笙・ストリングラフィ・ピアノ・言葉

即興カフェVol.3『音と言葉のある風景』

2018年1月20日(土・二十日正月) 実施
音を編む人:石川高|笙・古代歌謡
鈴木モモ|ストリングラフィ
ササマユウコ|アップライトピアノ
言葉を編む人:國崎晋(Sound&Recording編集人)

会場:南青山 音と言葉HADEN BOOKS
協力:浦畠晶子

「即興カフェ」はサウンドウケープの哲学から新しいオンガクのかたちを実験する音楽家たちのプロジェクトです。不定期開催中。

◎当日(2時間)のダイジェスト版(約6分)はこちらからご覧いただけます。
http://www.facebook.com/improcafe/

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2018年1月21日 (日)

【満員御礼】即興カフェ3「音と言葉のある風景~What's is Music?」

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2018年1月20日(土・二十日正月・大寒)。青山にある素敵なブックカフェHADEN BOOKSにて開催された『即興カフェVol.3 音と言葉のある風景』。当日偶然にお立ち寄り頂いた方も含め、定員を越えるお客様と共に楽しく終了いたしました。ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。
 今回は『音と言葉』をテーマに、演奏者たちがあらかじめ提出した言葉をおみくじにした「コトバ譜」を使いながら、言葉との偶然の出会いと即興セッションを試みたり、古代歌謡の歌詞を現代語に置き換えて言葉の時空を越えたり、言葉と音についての談義をしたり、さまざまな実験と対話を繰り広げながら、通常のコンサートとは一味違う「音楽の時間」をお楽しみ頂きました。(写真はリハ風景)

 言葉の枠に音を閉じ込め、あるいは言葉から解き放たれたりする中で、内側から出てくる音や共演者(他者のオト)との関係性の変化が参加者の皆さまと共に実感できたのが興味深かったです。結局最後は「音楽に言葉はいらないのでは?」という「本日の結論」で参加者一同が納得したかたちとなりましたが、言葉によって「しばられる」ことで反対に生まれるクリエイティビティも発見できたことは興味深かったです。
 「ロゴスに囚われるな」とは、哲学音楽論を展開する弘前大学今田研究室でも合言葉のように言われていましたが、2011年以降、自らの音楽の拠り所として言葉(ロゴス)を探求していくうちに、いつの間にか「根源」を忘れつつあったかもしれないと、個人的には初心に戻るような時間となりました。またアップライトピアノをひとつの「音の箱」と捉え直し、平均律を脱構築するような試みもしてみました。現代音楽のプリペアドピアノとは違いますが、鍵盤だけでなく楽器全体を「音具」とみることで、アップライトの可能性は一気に広がる気がします。アナログでどこか滑稽でもあり愛らしくもある機構の仕組みも含め、最近は近代化の工業製品と楽器の間に存在するようなアップライトピアノへの興味が尽きません。
(写真はストリングラフィの糸を括りつけたところ)。

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坂本龍一氏の新作『Async』を始め、いまや世界的な笙奏者となった石川高さんとは、実は15年前にCD『月の栞』(ササマユウコ・坂田梁山・石川高)でご一緒しています。その後は2008年に新宿区のプラネタリウムにて、斉藤鉄平さん作の波紋音とピアノの共演なので、今回は実に10年ぶりの再会となりましたが、時の流れを感じることはありませんでした。そして今回のもうひとりのゲスト『Sound&Recording』編集人の國崎晋さんは、実は石川さんと同じ大学の哲学科ご出身。(かくいう私も同じ大学の教育学科の出身です・・)。同じ時期に狭い四ツ谷のキャンパスに通いながら一度もお目にかかったことがなく、こうして卒業後に音楽の糸で巡り合った不思議な関係なのでした。今回、空間に張り巡らされた鈴木モモさんのストリングラフィが、細くつながる時間の糸を象徴しているようでした。
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受付をお手伝いして下さった浦畠晶子さんも音楽家・ピアニストで、こちらも実は20年来の劇場仲間です。
音楽によってつながる人の縁。それが糸のように編んでいく音の風景が、今回のいちばんのサウンドスケープだったかもしれません。会場の皆さんもとても暖かい雰囲気で、即興の緊張感はありましたが果敢なチャレンジも出来たかなと思います。ご協力頂いたHADEN BOOKS林下さまも、ありがとうございました。

◎サウンドスケープの哲学から新しいオンガクのかたちを実験する音楽家たちのプロジェクト「即興カフェ」は不定期で開催しています。
次回告知はFBの専用ページ をフォローしてくださいね。http://www.facebook.com/improcafe/

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2017年11月28日 (火)

協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」第1回リサーチ「コトバ|音|カラダ」を開催しました。

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去る11月19日に協働プロジェクト「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」第1回境界リサーチ「コトバ|音|カラダ」を開催しました。日本語、日本手話、英語、アメリカ手話、ボディランゲージ、絵等が飛び交う異言語・異文化交流の場となりました。

場所:アーツ千代田3331 
メンバー: 
雫境|舞踏家・movement・聾
ササマユウコ|音楽家・soundscape・聴
米内山陽子|劇作家/舞台手話通訳・signlanguae・CODA

●当日の様子はこちらです→
考察につきましては3月21日の第2回活動、メンバー間の意見交換を重ねて、来年コネクト通信や学会誌等でレポートしたいと思います。

「聾/聴の境界をきく~言語・非言語対話の可能性」 Facebook専用ページ
助成:
アートミーツケア学会青空委員会
主催:芸術教育デザイン室CONNECT/コネクト

♪♪♪

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